中野尚弘なかのなおひろ
元バレーボール選手、元全日本男子監督[日本]
1940年 1月17日 生
2021年 1月3日 死去リンパ腫享年82歳
中野 尚弘(なかの なおひろ、旧姓:池田、1940年1月17日 - 2021年1月3日)は元オリンピックバレーボール選手でのちのバレーボール日本男子代表監督。
中野蒲鉾店(長崎県の企業)代表取締役社長。
人物=
佐賀県鹿島市出身。
福岡大学卒業後、八幡製鐵に入社。
ポジションはレフト。
バレーボール日本男子代表選手として1964年東京オリンピックに出場、銅メダルを獲得し、1968年メキシコシティーオリンピックでは選手兼任コーチとして登録されて出場、銀メダルを獲得した。
指導者としては、日本が金メダルを獲得した1972年のミュンヘンオリンピックでは松平康隆監督の下で日本男子代表コーチを、1984年のロサンゼルスオリンピックでは代表監督、1992年バルセロナオリンピックでは総監督をそれぞれ務めた。
2021年1月3日、リンパ腫により死去。
80歳没。
球歴・受賞歴=
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック - 1964年、1968年
世界選手権 - 1962年、1966年
ワールドカップ - 1965年
中野尚弘さんが誕生してから、84年と309日が経過しました。(30990日)
亡くなってから、3年と322日が経ちました。(1418日)
29572日間 生きました。