中瀬喜陽なかせひさはる
郷土史家[日本]
(南方熊楠顕彰館名誉館長)
1933年 2月21日 生
2018年 3月11日 死去胃がん享年86歳
中瀬 喜陽(なかせ ひさはる、1933年2月21日 - 2018年3月11日)は、和歌山県の郷土史家・南方熊楠研究家。
中瀬ゆかりは次女。
来歴=
和歌山県西牟婁郡上富田町の出身で、1960年に東洋大学中国哲学文学科を卒業した。
同年から上富田町立岩田中学校、1964年からは和歌山県立南紀高等学校の教諭として1993年まで勤務した。
1993年に大阪青山短期大学非常勤講師となり2003年まで勤める。
2006年5月に南方熊楠顕彰館館長に就任し、2012年3月まで務めた。
南方熊楠邸保存顕彰会副会長、田辺市文化財審議会委員長、紀南文化財研究会会長 南方熊楠顕彰記念館名誉館長を歴任した。
2013年に和歌山県文化功労賞と南方熊楠文化賞特別賞を受ける。
2018年3月11日午後0時54分に和歌山県田辺市の病院で、胃癌のため85歳で死去した。
著書=
単著=
『弁慶 第3部 北陸の弁慶伝承と高館の最期・弁慶松』吉田弥左衛門〈田奈部豆本〉、1982年
『若王子 中瀬喜陽句集』本阿弥書店〈中堅作家シリーズ〉、1986年
『説話世界の熊野 弁慶の土壌』日本エディタースクール出版部、1991年
『覚書南方熊楠』八坂書房、1993年
『くまののかみさまのひっこし』(松下千恵・絵)わかやま絵本の会〈熊野古道おはなしシリーズ〉、1999年
共編著・監修=
『ふるさと田辺民話紀行』(編)吉田弥左衛門〈田奈部豆本 〉、1985年
『南方熊楠書簡 盟友毛利清雅へ』(編)日本エディタースクール出版部、1988年
『素顔の南方熊楠』(編) 吉田弥左衛門〈 ……
中瀬喜陽さんが誕生してから、92年と38日が経過しました。(33641日)
亡くなってから、7年と20日が経ちました。(2577日)
31064日間 生きました。