亀井眞樹かめいまさき
医師、医療評論家[日本]
1961年 11月12日 生 (満63歳)
亀井 眞樹(かめい まさき、1961年11月12日 - )は、日本の医師・事業家・思想家[1]。
高エネルギー水素統御システム(HEHCS:Hyper-Energized Controlling System)発明者。
略歴=
1974年 私立麻布中学に入学。
1年生の1学期だけ麻布中学に通い、NHKに勤務していた父親の転勤に伴い2学期には姉妹校提携のあった私立灘中学に転入。
灘中学校・灘高校を卒業後、1981年に東京大学教養学部理科三類に入学。
1987年、東京大学医学部医学科を卒業。
東京大学大学院医学系研究科単位取得。
2017年に臨床からリタイアするまで日本内科学会認定内科医、日本神経学会認定神経内科専門医。
医師になる前に「がん患者の家族」「がん患者の遺族」に
1983年、東京大学医学部医学科の最初の学年に在籍中、母親が子宮頸がんに罹患していることが分かり、東京大学医学部附属病院で治療を行うが、翌1984年に手術後51日で死亡。
病理解剖の結果、異常に幼若な子宮頸がん細胞が血管の中に白血病細胞のようにあふれかえり、ついには肺動脈に塞栓を起こしたために急性肺梗塞を発症し急性心不全を続発して死亡した、世界で7例目という極めて稀な死因であることが判明。
このため医学部で最初に受けた臨床講義は実母の臨床病理カンファレンス(CPC:Clinical-Pathological Conference)であり、医師になる前に「がん患者の家族」となり「がん患者の遺族」となったことはよく知られている[2]。
彼にとっての現代医学は、母親を救えなか ……
亀井眞樹さんが誕生してから、63年と9日が経過しました。(23020日)