ラウル・アマリージャRaul Amarilla
元男子サッカー選手[パラグアイ]
1960年 7月19日 生 (満64歳)
ラウル・アマリージャ(Raúl Vicente Amarilla Vera、1960年7月19日 - )は、パラグアイ・ルケ出身の元サッカー選手。
選手時代のポジションはフォワードであり、189cmの長身を生かしたヘディングを最大の武器としていた。
息子のラウル・アマリージャ・ロメロもサッカー選手である。
ニックネームはスペイン語で竹。
妻は元パラグアイ代表のフリオ・セサル・ロメロの妹。
経歴=
選手時代=
パラグアイ、スペインの二重国籍を持ち、本来の母国であるパラグアイ代表入りを目指したが レアル・サラゴサ在籍時にスペインU-21代表として公式戦に出場していたため、当時の国際サッカー連盟の規定によりパラグアイ代表としてプレーすることができなかった。
1984-85シーズン途中から1988年まではスペインのFCバルセロナでプレーし、リーガ優勝やスペイン国王杯優勝を経験した。
1989年には通算10ゴールをあげてオリンピア・アスンシオンのリベルタドーレス杯決勝進出に貢献、決勝では敗れた。
一時メキシコのクラブ・アメリカへ移籍していたため、翌年のリベルタドーレス杯では2次ラウンドからオリンピアに複帰、5試合6得点、出場した試合全てでゴールを決め、リベルタドーレス杯の優勝に貢献し、南米年間最優秀選手賞を受賞。
同年12月のトヨタカップで訪日し、イタリアのACミランと対戦した(試合は0-3でオリンピアの敗退)。
1993年から日本の横浜フリューゲルスに入団し、11月13日の清水エスパルス戦でJ ……
ラウル・アマリージャさんが誕生してから、64年と125日が経過しました。(23501日)