生年月日データベース

生源寺美子しょうげんじはるこ

児童文学作家[日本]

1914年 1月29日

2015年 5月18日 死去享年102歳

生源寺 美子(しょうげんじ はるこ、1914年1月29日 - 2015年5月18日)は、日本の児童文学作家。
略歴= 1914年、柏木三郎夫妻のもとに五人兄姉の末っ子として生まれる。
出生地は奈良県だが、1歳になる前に師範学校の校長だった父の転任に伴い、福島に移る。
その後、秋田、京都、朝鮮など各地を転々とした生活を送る。
京城第一女子公立高等学校、大邱公立高等女学校を経て、東京自由学園高等部(旧制)を卒業する。
主婦業の傍ら、童話を書き始め、1955年頃から『婦人朝日』の「私の童話欄」に投稿し何度も入選を果たす。
童話欄の選者だった与田凖一の指導をうけ、同じ入選仲間である岩崎京子らと「童話の会」を結成。
同人誌「童話」を作り創作に励む。
1960年、童話の会より「童話集 茶の間のしゃぼん玉」(カワイ楽譜)を発刊する。
1965年、「春をよぶ夢」で第6回講談社児童文学新人賞を受賞。
1966年、『草の芽は青い』で講談社児童文学新人賞および産経児童出版文化賞を受賞。
1977年『雪ぼっこ物語』で野間児童文芸賞受賞。
本格的に創作を開始したのは50歳頃と遅咲きだが、生涯に渡って100点を超える作品を発表した。
著書= 『草の芽は青い』(講談社) 1966 、のち青い鳥文庫 『少女たち』(実業之日本社) 1969 『もうひとりのぼく』(毎日新聞社) 1971、のちポプラ社文庫 『いぬは王さま?』(講談社) 1972 『マキオのひとり旅』(金の星社) 1973、のちフォア文庫 『マヒト ……

生源寺美子さんが誕生してから、112年と55日が経過しました。(40963日)
亡くなってから、10年と311日が経ちました。(3964日)
36999日間 生きました。

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