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リッキー・マーティンRicky Martin

歌手[プエルトリコ]

1971年 12月24日 生 (満47歳)

リッキー・マーティン - ウィキペディアより引用

リッキー・マーティン(Ricky Martin、1971年12月24日 - )は、プエルトリコ出身の歌手。
本名エンリーケ・ホセ・マルティーン・モラーレス(Enrique Martín Morales)。
メヌード 1984年に、当時スペイン語圏およびアメリカで大人気を誇っていたプエルトリコ出身の少年ボーカルアイドルグループ、メヌードの追加メンバーとしてデビューした。
ソロ活動 1989年に脱退後はメキシコに活動の拠点を移す。
舞台やテレノベラで俳優として活躍した後、1991年ソロシンガーとしてデビュー。
1997年の『マリア』のフランスでのヒットを受け1998年の1998 FIFAワールドカップでテーマソングである『ザ・カップ・オブ・ライフ』を歌い国際的に人気が高まる。
その後1999年に『リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ』で全米にて英語アルバムデビューを果たし、以後活動拠点をアメリカに移す。
1999年に発売したアルバム「Ricky Martin Here I Am」は全世界で1700万枚以上、日本で100万枚以上のセールスとなった。

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リッキー・マーティン(Ricky Martin)は1971年12月24日生まれのプエルトリコ出身の歌手であり、本名はエンリーケ・ホセ・マルティーン・モラーレス(Enrique Martín Morales)。 ラテン・アメリカの人気グループ、メヌドに12歳のときから5年間在籍。89年に脱退すると今度はメキシコにて俳優としてのキャリアを積む。 94年にはアメリカに進出、人気テレビ・ドラマに出演し知名度をあげた。 その後ブロードウェイ・ミュージカルの定番『レ・ミゼラブル』に大抜擢され、俳優としてだけでなく、彼の本分である歌手としての実力を発揮するようになる。 98年発表の3rdアルバム『MARIA』がヨーロッパ各国で大ヒット、さらにサッカー・フランス・ワールド杯の公式テーマ・ソング「カップ・オブ・ライフ」により、一躍スターダムに。 日本では、郷ひろみ(HIROMI GO)が、彼のビルボードNo.1シングル「リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ」を好カヴァー、こちらも大ヒットを記録。 アメリカ全土を席巻したラテン・ブーム(サンタナのグラミー賞受賞など)の立役者である。 10年3月に同性愛者であることを公式サイトで発表した。 (引用元 Hatena Keyword)

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