砂川捨丸すながわすてまる
漫才師、「砂川捨丸・中村春代」[日本]
1890年 12月27日 生
1971年 10月12日 死去享年82歳
砂川 捨丸・中村 春代(すながわ すてまる・なかむら はるよ)は、大正から昭和にかけて活躍した日本の漫才コンビ。
古典萬歳から現代の漫才に至るまでの過渡期(この頃多くは「万才」と表記された)の典型的スタイルだった音曲主体の型を残しつつ、新たな要素も取り入れた漫才を演じ続けた。
とりわけメンバーの砂川捨丸は、しゃべくり漫才登場以前の大正期において、寄席芸としての漫才の地位を高めるのに尽力した。
出囃子は『岩見』。
この項では各メンバーの経歴についても詳述する。
砂川捨丸=
砂川 捨丸本名
池上 捨吉生年月日
1890年12月27日没年月日
(1971-10-12) 1971年10月12日(80歳没)国籍
日本出身地
大阪府三島郡味舌村言語
日本語師匠
砂川千丸コンビ名
砂川捨丸・中村春代相方
中村種春→加藤滝子→高橋笑子→中村春代芸風
漫才活動時期
1902年 - 1971年親族
糸桜(祖父、大阪相撲力士)駒嵐(父、大阪相撲力士)砂川千丸(兄、音頭取り)弟子
浮世亭夢丸大江茂砂川照代砂川捨女砂川久栄砂川捨次砂川若丸砂川夢之助砂川捨奴砂川捨若砂川捨十郎テンプレートを表示
砂川 捨丸(すながわ すてまる、1890年12月27日 - 1971年10月12日)
本名、池上 捨吉。
実兄である江州音頭の音頭取りの砂川千丸の一座に入り、修業を積む。
1902年(明治35年)、千日前の寄席「井筒席」で初舞台。
その後、一座で全国を巡業。
1905年(明治38年)には兄のもとを離れ、大阪松島の「堀内席」に上がる。
1 ……
砂川捨丸さんが誕生してから、133年と329日が経過しました。(48907日)
亡くなってから、53年と41日が経ちました。(19399日)
29508日間 生きました。