梅沢純夫うめざわすみお
化学者[日本]
1909年 11月22日 生
2000年 3月30日 死去享年92歳
梅澤 純夫(うめざわ すみお、1909年11月22日 - 2000年3月30日)は、日本の有機合成化学者。
専門は抗生物質。
慶應義塾大学名誉教授。
人物=
東京都生まれ。
旧制武蔵高等学校を経て、北海道帝国大学理学部卒業。
北海道帝国大学助教授、藤原工業大学助教授を経て、1944年慶應義塾大学工学部(現理工学部)教授となる。
1944年「ペニシリン委員会」のメンバーとして、次弟の梅澤濱夫博士と共同で研究にあたり、日本初のペニシリン採取に成功。
ペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質の研究で世界的に知られる。
また、梅澤濱夫らが発見した国産初の本格的抗生物質カナマイシンの化学構造の決定に寄与した。
世界に先駆け、ストレプトマイシン(1974年)その他の数多くの抗生物質の全合成を達成し、日本の有機合成化学、抗生物質の研究をリードした。
梅澤濱夫らが解明したストレプトマイシンやカナマイシン等のアミノグリコシド抗生物質の耐性機構に基づいて、リン酸化酵素で不活性化され難い3’,4’-ジデオキシカナマイシンB(一般名ジベカシン)の合成に成功した(1971年)。
この成果は、1975年より、耐性菌を含むグラム陽、陰性菌による感染症の臨床的治療に広く使用された。
研究活動だけでなく、教育活動にも真摯に取り組み、多くの有機化学者、抗生物質学者を育成、指導した。
特に慶應義塾大学の学部卒業研究、大学院修士課程では500余名を直接指導し、20名の工学博士 ……
梅沢純夫さんが誕生してから、114年と364日が経過しました。(42003日)
亡くなってから、24年と236日が経ちました。(9002日)
33001日間 生きました。