生年月日データベース

徳川忠長とくがわただなが

駿府藩主[日本]

(徳川家光の実弟、慶長11年5月7日生)

1606年 6月12日

1634年 1月5日 死去切腹享年29歳
徳川忠長 - ウィキペディアより引用

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とくがわただなが [生]慶長11(1606).5.7.江戸[没]寛永10(1633).12.6.高崎江戸時代初期の大名。秀忠の3男。母は浅井氏。幼名は国松。通称は駿河大納言。父母の寵愛を一身に集め,兄家光をさしおいて世子に擬せられたが実現しなかった。元和2(1616)年甲斐に封じられ,寛永2(25)年さらに駿河,遠江を加増されて55万石を領した。翌年8月20日従二位大納言に叙任。同8年5月乱行を理由に甲州へ蟄居を命じられ,翌年には上州高崎へ移され,同10年高崎の大進寺で自刃。 (引用元 コトバンク)

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