生年月日データベース

服部武雄はっとりむお

俳優[日本]

(旧芸名・服部翼)

1989年 9月13日 生 (満29歳)

服部 武雄(はっとり たけお、天保3年(1832年) - 慶応3年11月18日(1867年12月13日))は、新選組隊士・御陵衛士。
通称は三郎兵衛。
1832年、播磨赤穂藩の服部覚平として生まれる。
「殉難録稿」他には奸臣を斬って出奔した旨が記されているが、可能性は皆無といえる。
新選組に加盟し、元治元年10月の編成では尾形俊太郎の五番組に属す。
慶応元年の春、諸士調役兼監察・撃剣師範。
慶応元年11月、近藤勇の長州出張に随行する。
慶応2年9月、三条制札事件では、目付役として活躍する。
慶応3年3月、伊東甲子太郎らと離脱して御陵衛士を結成する。
同年11月18日、油小路事件で落命。
享年36。
備考 大柄で剛力、二刀流の達人でもあり、組中1、2を争う剣術、柔術、槍術の相当の使い手として名を馳せる。
油小路事件では、暗殺された伊東の屍骸を引き取りの際、全員の武装を主張したが受け入れられなかった。
鈴木三樹三郎や加納鷲雄、富山弥兵衛、篠原泰之進らが逃走したが、只一人武装していた服部は、塀を背にして多勢の新選組を相手に最期まで孤軍奮闘している。

映像作品

関連書籍

天保3年(1832年)〜慶応3年11月18日(1867年12月13日) 日本の幕末期の武士。播磨国赤穂藩出身。 通称は三郎兵衛。新選組隊士や御陵衛士として活躍したが油小路事件で殺された。 (引用元 Hatena Keyword)

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