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杉山元すぎやまはじめ

俳優[日本]

1941年 7月22日 生 (満77歳)

杉山元 - ウィキペディアより引用

杉山 元 (すぎやま げん/はじめ、1880年(明治13年)1月1日 - 1945年(昭和20年)9月12日)は、大日本帝国陸軍軍人。
元帥陸軍大将、陸軍大臣、教育総監、太平洋戦争開戦時の参謀総長。
福岡県出身。
陸軍士官学校卒業(12期)、陸軍大学校卒業(22期)。
陸軍大臣、参謀総長、教育総監の陸軍三長官を全て経験し元帥にまでなったのは二人しかいない(もう一人は上原勇作)。
来歴・人物 福岡県小倉市(現北九州市)に小倉藩士の子として生まれる。
豊津中学を経て、陸軍士官学校12期卒後、日露戦争に従軍。
杉山は第12師団隷下の歩兵第14連隊第3大隊副官として出征、1904年(明治37年)10月8日、沙河会戦の一部として行われた本渓湖付近の戦闘で顔面を負傷した。
その傷痕は後まで残り、さらに左目が大きく開かなくなるという後遺症をもたらし、杉山の風貌に特徴を与えることとなった。
陸軍大学校卒業22期卒後、参謀本部・第二部(情報)勤務。
1912年(明治45年)に海軍軍令部員と共に、商社マンに扮してフィリピン・マニラに潜入。

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すぎやまげん [生]1880.1.2.小倉[没]1945.9.12.東京陸軍軍人。1900年陸軍士官学校,10年陸軍大学校卒業。28年軍務局長。30~32年陸軍次官。航空本部長,参謀次長などを歴任して36年に教育総監,大将に昇進。37~38年陸相。北支那方面軍司令官,軍事参議官などを経て,40~44年参謀総長として太平洋戦争を指導。43年元帥。44年教育総監となったが,小磯国昭内閣が成立すると陸相に就任。45年第1総軍司令官。敗戦後に自殺した。 (引用元 コトバンク)

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