生年月日データベース

中川昭一なかがわしょういち

政治家[日本]

1953年 7月19日

2009年 10月4日 死去急性心筋梗塞享年57歳
中川昭一 - ウィキペディアより引用

中川 昭一(なかがわ しょういち、1953年(昭和28年)7月19日 ‐ 2009年(平成21年)10月3日)は、日本の政治家。
自由民主党衆議院議員。
位階勲章は正三位旭日大綬章。
称号(学位)は法学士(東京大学)。
北海道5区、小選挙区比例代表並立制導入後は北海道11区から選出され、2009年(平成21年)に落選するまで連続8期、衆議院議員を務めた。
その間、農林水産大臣、経済産業大臣、財務大臣、内閣府特命担当大臣(金融担当)を歴任したほか、党三役では自民党政務調査会長を務めた。
また、超党派の北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟会長、日本会議相談役を務めた。
戦後昭和期に衆議院議員・閣僚を務めた中川一郎は父、中川の跡を引き継いで2012年(平成24年)に衆議院議員になった中川郁子は妻。
生涯 生い立ち 1953年(昭和28年)7月19日、東京都渋谷区宮代町(現在の渋谷区広尾)に北海道開発庁に勤務していた中川一郎と、その妻・貞子の長男として生まれた。

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【なかがわしょういち】 自由民主党の政治家。東京都に生まれる。父は北海道選出で自民党代議士の中川一郎。東京大学法学部卒業後,日本興業銀行に入行。1983年,父の急死(自殺)の後を受け,自民党から衆議院選挙に立候補し当選(以後連続8期当選)。党内右派の立場でしばしばタカ派的発言を繰り返した。農林通算大臣,経済産業大臣を2度務め,財務大臣,金融担当特命大臣などを歴任。将来の総理・総裁候補として嘱望されたが,2009年2月,財務・金融大臣として出席したイタリアのローマで開催されたG7の財務大臣・中央銀行総裁会議終了後,ろれつが回らない状態で記者会見を行った様子が海外も含めメディアで大々的に放送され,世論の厳しい批判を浴びることとなり,大臣を辞任した。2009年8月の衆議院選挙で民主党候補に大差で敗れ,比例区でも復活できず落選した。 (引用元 コトバンク)

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