生年月日データベース

藤原忠通ふじわらただみち

公卿、摂政関白太政大臣[日本]

(承徳元年閏1月29日生)

(ユリウス暦) 1097年 3月15日

(ユリウス暦) 1164年 3月13日 死去享年68歳
藤原忠通 - ウィキペディアより引用

■ 関連書籍

ふじわらのただみち [生]永長2(1097).1.29.京都[没]長寛2(1164).2.19.京都平安時代後期の廷臣。別称,法性寺(ほっしょうじ)殿。忠実の長男。母は右大臣源顕房の娘師子。保安2(1121)年父が白河法皇との確執で辞職したあとをうけて関白となったが,これによって父と不和になった。翌年左大臣,従一位,翌々年崇徳天皇の摂政,大治3(28)年太政大臣,同4年関白となった。同年鳥羽上皇の院政が開始され,政界に復帰した忠実,その寵愛を受ける弟頼長と対立。永治1(41)年近衛天皇の摂政,久安6(50)年関白となったが,氏長者の地位は頼長に奪われた。保元1(56)年保元の乱(→保元・平治の乱)後再び氏長者となり,同3年関白の地位を嫡子基実に譲って引退。応保2(62)年出家,法名を円観といった。漢詩集『法性寺関白集』,和歌集『田多民治集』があり,書では法性寺流の始祖。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 生涯
  • 関白
  • 太政大臣
  • 元服
  • 嘉承
  • 大江匡房
  • 官位
  • 康和
  • 従一位
  • 摂政
  • 書家
  • 歌人
  • 法性寺
  • 猶子
  • 系譜
  • 荘園
  • 藤原忠実
  • 評価
  • かん
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