生年月日データベース

リバウドRivaldo

男子サッカー選手[ブラジル]

1972年 4月19日 生 (満47歳)

リバウド - ウィキペディアより引用

リバウド・ヴィトール・ボルバ・フェレイラ(Rivaldo Vítor Borba Ferreira, 1972年4月19日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手。
元ブラジル代表。
「レフティモンスター」「左足の魔術師」と言われる。
他の表記としては、リバルド、リヴァウド、リヴァルド、ヒバウド、ヒバルド、ヒヴァウド、ヒヴァルドなどがある。
1999年には世界最優秀選手と欧州最優秀選手(バロンドール)に選ばれ、2002年日韓W杯ではロナウド、ロナウジーニョらと共に3Rと呼ばれる攻撃陣を結成し、ブラジルの5回目の優勝に貢献した。
実家の家計が苦しく、ユース時代にはバス代を節約するために、25kmも離れた練習場まで歩いて通った。
また、プロになって初めてステーキを食べた時に、それまで栄養失調だったことから歯が抜け落ち、入れ歯になってしまった。
2008年10月には古巣モジミリンECの会長に就任した。
息子のリバウド・ジュニオール(リバウジーニョとも)もプロのサッカー選手であり、2015年には自身が会長を務めるモジミリンECで親子競演を果たし、2015年9月現在、ボアヴィスタFCに所属。

映像作品

関連書籍

りばうどRivaldoVitorBorbosaFerreira(1972―) ブラジルのプロサッカー選手。4月19日、ブラジルのレシフェ生まれ。ブラジルのパウリスタ、サンタクルス、モジミリン、コリンチャンスでプレーした後、1994年にパルメイラスでサンパウロ選手権と全国選手権に優勝し、注目を集めた。左足のテクニックは抜群で、意外性のあるボールコントロール、相手を眩惑(げんわく)するフェイント、強烈なミドルシュートなどが持ち味である。1996年にスペインリーグのデポルティーボ・ラ・コルーニャへ移籍して活躍、さらに1997年にFCバルセロナ(スペイン)へ移籍した。1998年ワールドカップ・フランス大会ではブラジル代表の10番をつけてプレーしたが、決勝で地元のフランスに敗れた。1999年にはバルセロナをリーグ優勝へ導き、ブラジル代表でもコパ・アメリカ優勝に大きく貢献した。同年、ヨーロッパ最優秀選手賞(バロンドール)とFIFA(国際サッカー連盟)世界最優秀選手賞をダブル受賞した。2002年ワールドカップ韓国/日本大会では、ロナウドRonaldoLuizNazriodeLima(1976―)、ロナウジーニョRonaldinho(1980―)とともに「3R」とよばれるアタックラインを形成、ブラジルを優勝へ導く中心的存在として活躍した。ワールドカップ終了後ACミラン(イタリア)に移籍。その後、2004年1月クルゼイロ(ブラジル)へ、同年7月にはオリンピアコス(ギリシア)へ移籍している。[西部謙司]その後の動きブニョドコル(ウズベキスタン)、サンパウロFC(ブラジル)など数チームに在籍した後、2014年現役引退。[編集部][参照項目]|サッカー(フットボール) (引用元 コトバンク)