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板東英二ばんどうえいじ

プロ野球選手、タレント俳優[日本]

1940年 4月5日 生 (満78歳)

板東英二 - ウィキペディアより引用

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プロ野球選手・解説者。司会者。俳優。 右投右打、ポジションは投手。背番号は14→30→14番。 1940年4月5日、旧満州国生まれ。徳島県板野郡大麻町(現鳴門市)出身。血液型O型。 1956年、徳島商業高校に入学。その年の夏の甲子園に出場するも1回戦で敗れた。 1958年夏、再び甲子園に出場。秋田商業高校、八女高校を下して迎えた準々決勝・魚津高校戦。 18回で25の三振を奪うが相手投手・村椿輝雄も譲らず、0対0のまま引き分け再試合となった*1。 この再試合も完投し勝利。準決勝では作新学院高校を破ったが、決勝で柳井高校に敗れた。*2 1959年、中日ドラゴンズに入団。 1960年、近藤貞雄の勧めで、先発投手からリリーフ投手に転向。 「投手分業制」のさきがけとして、セーブ規定が無い時代の貴重なリリーフ投手であった。 1969年、現役引退。 権藤博、高木守道、井手峻とは親友。 1974年、優勝を記念して山本正之の「燃えよドラゴンズ!」を歌った。 現在は野球解説者、司会者・俳優として活躍。 マスターズリーグ・名古屋エイティディザーズの選手としても活躍。 モルツドリームマッチでは、モルツ球団の対戦チームのGM、監督としても活躍している。 現在は名古屋に在住し、仕事で東京や大阪へ行ったり来たりの忙しい日々を送る。 (引用元 Hatena Keyword)

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