生年月日データベース

帆足万里ほあしばんり

蘭学者[日本]

(安永7年1月15日生)

1778年 2月11日

1852年 7月30日 死去享年75歳
帆足万里 - ウィキペディアより引用

帆足 萬里(ほあし ばんり、安永7年1月15日(1778年2月11日) - 嘉永5年6月14日(1852年7月30日))は、豊後国日出藩出身の江戸時代後期の儒学者・経世家。
字は鵬卿。
号は愚亭など。
三浦梅園、広瀬淡窓と共に豊後三賢の一人と言われる。
略伝 父は日出藩家老の帆足通文。
1791年(寛政3年)、14歳の時、脇蘭室(脇愚山)に学び、21歳の時に大阪の中井竹山・京都の皆川淇園にも学ぶ。
その後30歳前後には一人前の学者となって、日出藩の藩校の教授に任じられ、1832年(天保3年)日出藩家老となり財政改革に行った。
藩主の懇望を受けたが辞して承諾せず、「一度任せたからには、後から口出しをしない」という約束の下に、これまでの家老をやめさせ自分が有能・公正を見こんだ人々を役職につけ、倹約を旨とし、自ら算盤をとり藩の帳簿を調べ、これまでの役人の不正を明るみに出した。

「帆足万里」と関連する人物

連想語句
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