生年月日データベース

後宇多天皇ごうだてんのう

第91代天皇[日本]

(文永4年12月1日生)

(ユリウス暦) 1267年 12月17日

(ユリウス暦) 1324年 7月16日 死去享年58歳
後宇多天皇 - ウィキペディアより引用

■ 関連書籍

ごうだてんのう [生]文永4(1267).12.1.京都[没]正中1(1324).6.25.京都第91代の天皇(在位1274~87)。名は世仁。亀山天皇の第2皇子。母は左大臣藤原実雄の娘京極院藤原佶子。文永11(74)年8歳で即位。弘安10(87)年皇太子煕仁親王(→伏見天皇)に位を譲った。皇位継承問題で後深草天皇の持明院統と亀山天皇の大覚寺統とが対立していたが,この持明院統の伏見天皇の次にまた同統の後伏見天皇が即位することになったので,後宇多上皇は後嵯峨天皇の素意に反するとして幕府を追責した。そこで両統迭立が幕府によって提案され,上皇の第1皇子が践祚,後二条天皇となり,上皇は院政を行なった。しかし元亨1(1321)年幕府の同意を得て,白河上皇以来の慣例であった院政を廃して後醍醐天皇の親政とした。徳治2(07)年仁和寺禅助につき剃髪,法名を金剛性と称した。大覚寺の付近に宮室を営み,世事を避けて密教の研究に専念した。好学の天皇で内外の典籍を修め,ことに仏典の講究に熱心であった。宸筆の『庄園敷地施入状』(2巻),『後宇多天皇宸記』などが保存されている。また天皇の和歌は『続後拾遺集』『新後撰集』などに収められている。陵墓は京都市右京区北嵯峨朝原山町の蓮華峰寺陵。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 天皇
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  • 文永
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  • 亀山
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  • 洞院
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  • 系譜
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