生年月日データベース

後鳥羽天皇ごとばてんのう

第82代天皇[日本]

(治承4年7月14日生)

(ユリウス暦) 1180年 8月6日

(ユリウス暦) 1239年 3月28日 死去享年60歳
後鳥羽天皇 - ウィキペディアより引用

■ 関連書籍

ごとばてんのう [生]治承4(1180).7.14.京都[没]延応1(1239).2.22.隠岐第82代の天皇(在位1183~98)。名は尊成(たかひら)。高倉天皇第4皇子。母は准后七条院藤原殖子(やすこ。坊門信隆の娘)。寿永2(83)年安徳天皇が平氏に擁されて都落ちしたのち,祖父後白河法皇の意向で皇嗣に選ばれ践祚。建久3(92)年法皇の崩御後は天皇親政とし,同9年為仁(土御門天皇)に譲位し,上皇として院政を行なった。この間親幕派九条兼実を退け,土御門通親を重用して幕府圧力の排除を企図し,一方西面の武士を新設して武力の充実に努めた。子順徳天皇らと討幕を計画し,承久の乱となったが,幕府に完敗して隠岐に流され同島で没した。初め顕徳院の諡号が贈られたが,怨霊出現の世評により,後鳥羽院と改称された。文武諸道に秀で,ことに和歌にすぐれて長者と仰がれ,歌会,歌合も盛んに催したが,千五百番歌合は最大のものとして名高い。また藤原定家らに『新古今和歌集』を撰せしめ,配流ののちもみずから撰を続け,『隠岐本新古今集』を完成した。日記に『後鳥羽天皇宸記』がある。陵墓は京都市左京区大原勝林院町の大原陵。島根県隠岐郡海士町に火葬塚がある。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 天皇
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  • 鎌倉時代
  • 旧暦
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  • 崩御
  • 幕府
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  • 鎌倉
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  • 在位
  • 坊門
  • 敗北
  • 文武両道
  • 末期
  • 異母
  • 皇子
  • 編纂
  • 討伐
  • 諸島
  • 配流