生年月日データベース

名波浩ななみひろし

男子サッカー選手、監督[日本]

1972年 11月28日 生 (満46歳)

名波 浩(ななみ ひろし、1972年11月28日 - )は、日本・静岡県藤枝市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者、解説者。
J1リーグ・ジュビロ磐田監督。
現役時代のポジションはミッドフィールダー。
元日本代表。
Jリーグのジュビロ磐田、セレッソ大阪、東京ヴェルディ1969、イタリア・セリエAのACヴェネツィアでプレーした。
Jリーグベストイレブンを4度受賞。
日本代表としても、背番号10を背負い、1998年のフランスW杯に出場した経験を持つ。
現役時代 1972年、静岡県藤枝市にて名波元一、祥江の第四子として出生。
4人兄弟の末っ子であったが女児を期待していた両親は4連続の男児の誕生に肩を落とす。
役所への届出期限が迫り慌てて「名波浩」と母が命名。
藤枝市という環境と兄らの影響もあり物心つくうちからサッカーに熱中。
この頃の名波家は家計が逼迫しており夫婦共働きで、四男は放ったらかし、その名波少年も家族行事よりボールを蹴ることばかり優先。

映像作品

関連書籍

元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィルダー。 1972年11月28日生まれ。静岡県藤枝市出身。身長177cm、体重70kg。血液型AB型。利き足は左。 ジュビロ磐田で司令塔として活躍。中山雅史、ドゥンガ、藤田俊哉、奥大介、服部年宏、福西崇史、田中誠らとともに数々のタイトル獲得を果たし、黄金時代を築いた。 サッカー日本代表には1995年にデビュー。背番号10を背負い、中田英寿とのコンビはダブル司令塔といわれた。1998年FIFAワールドカップに出場。2000年AFCアジアカップではMVPを獲得する活躍で優勝に貢献した。国際Aマッチ通算出場67試合、9得点。 ピッチ全体を見渡せる広い視野を持ち、長短共に正確無比なキック精度、創造性豊かなパスセンスでゲームを組み立てる日本最高峰の司令塔。試合展開に応じた巧みなゲームコントロールは、いまだ他者の追随を許さない。ボールタッチやキックのほとんどを左足で行うレフティ。 2008年シーズンをもって現役引退。引退後は解説者を務めていたが、2014年9月、ペリクレス・シャムスカの後任としてジュビロ磐田の監督に就任した。 (引用元 Hatena Keyword)