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中村福助なかむらふくすけ

歌舞伎役者・9代目[日本]

1960年 10月29日 生 (満58歳)

中村 福助(なかむら ふくすけ)は、歌舞伎役者の名跡。
屋号は、東京の福助は成駒屋、大阪の福助は高砂屋。
「福助」は、三代目中村歌右衛門の幼名・福之助に由来する。
名跡も同様に、当初は「歌右衛門」の前に襲名する前名だった。
明治になって「福助」が二系統に割れると、東京では「歌右衛門」と「芝翫」双方の前名となり、大阪では「梅玉」の前名となって定着した。
解説 「中村福助」という名跡は極めて異質な側面を持った名跡で、かつてはそのこと自体の方がその名跡を名乗る役者よりも有名だった。
明治の初年から昭和の中頃にかけて、実に100年間ものあいだ、この「中村福助」を名乗る役者は東京と大阪に常に一人ずつおり、それぞれの福助はもう一方の存在を認めないという異常な状態が続いたからである。
これでただでさえ「福助」を名乗る役者が倍になったのに加え、東京では「福助」の襲名頻度が通常の倍というもう一つの変則的事態がつづいた。
数が多い分「中村福助」を名乗る役者は相対的に印象薄にならざるを得なかったのである。
ことの起こり 慶應3年 (1867) 夏、折から大坂に来演中の二代目中村福助が、数え29歳の若さで急死した。

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】 歌舞伎俳優。(1)初世4世中村芝翫の前名。2世中村富十郎の門弟中村富四郎の子が,中村玉太郎,政之助を経て,4世中村歌右衛門の養子となり,1839年(天保10)に福助と改名。60年(万延1)まで名のった。(2)2世(?‐1867(慶応3))初世の弟が,1861年(文久1)から67年(慶応3)まで名のった。容姿がよく,和事を最も得意とした。こののち,1868年に東西で同時に3世福助を襲名したため,中村歌右衛門または中村芝翫の前名としての〈成駒屋系〉の福助と,中村梅玉の前名としての〈高砂屋系〉の福助とができた。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 福助
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  • 当初
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  • 由来
  • 異質
  • 福之助
  • 自体
  • 芝翫