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ロイヤル小林ろいやるこばやし

プロボクシング選手[日本]

1949年 10月10日

ロイヤル小林(ロイヤルこばやし、本名:小林 和男(こばやし かずお)、1949年10月10日 - )は、日本の男性プロボクサー。
熊本県下益城郡出身。
WBC世界スーパーバンタム級、OPBF東洋太平洋フェザー級王者。
ミュンヘンオリンピック(1972年)日本代表。
拓殖大学卒業後、自衛隊体育学校でボクシングを始め、アマチュアのトップ選手としてミュンヘンオリンピックに出場、ベスト8の成績を残す。
アマ通算34勝 (28RSC) 3敗、KO率8割2分という記録を引っ提げてプロ入り。
国際ジムからプロデビュー後もKOの山を築き、「KO仕掛人」の異名を持った屈指のハードパンチャーであった。
プロではWBC世界ジュニアフェザー級(現スーパーバンタム級)王者になったが、その一方でアレクシス・アルゲリョ、ウイルフレド・ゴメス、エウセビオ・ペドロサなど、その当時に最強を謳われた世界王者を日本に招聘して世界王座に挑戦した試合の方がボクシングファンには印象深いボクサーである。

プロボクシング元世界チャンピオン。本名・小林和男。通称「KO仕掛け人?」。 1949年10月10日生まれ、熊本県出身。 拓殖大学卒業後、自衛隊体育大学でボクシングを始め、ミュンヘンオリンピックにフェザー級で出場し、ベスト8。 アマ通算34勝(28RSC)3敗。 1973年2月、プロデビュー。 デビュー2戦目から1974年9月まで11連続KO勝ちを達成。 1975年10月12日、18勝(16KO)無敗でアレクシス・アルゲリョ?が持つWBA世界フェザー級タイトルに初挑戦。5回KO負け。 1976年10月9日、リゴベルト・リアスコが持つWBC世界ジュニアフェザー級タイトルに挑戦。8回KO勝ちで王座獲得。日本人大卒として初の世界王者となった。 11月24日、簾東均に15回判定で敗れ初防衛失敗。 1978年1月19日、ウィルフレド・ゴメス?が持つWBC世界ジュニアフェザー級タイトルに再挑戦も3回KO負け。 4月27日、黄福寿の持つ東洋太平洋フェザー級タイトルに挑戦。10回判定で降し王座獲得。 その後7度防衛。 1979年1月9日、エウセビオ・ペドロサの持つWBA世界フェザー級タイトルに挑戦。13回KO負け。 1981年10月18日、東洋王座8度目の防衛戦に1回KOで敗れ、現役引退を表明。 プロ戦績35勝(27KO)8敗。 * (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
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  • バンタム級
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