生年月日データベース

酒井抱一さかいほういつ

琳派絵師俳人[日本]

(宝暦11年7月1日生)

1761年 8月1日

1829年 1月4日 死去享年69歳
酒井抱一 - ウィキペディアより引用

酒井 抱一(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))は、江戸時代後期の絵師、俳人。
権大僧都。
本名は忠因(ただなお)、幼名は善次、通称は栄八、字は暉真(きしん)。
ほか、屠牛、狗禅、鶯村、雨華庵、軽挙道人、庭柏子、溟々居、楓窓とも号する。
また俳号は、ごく初期は白鳧・濤花、後に杜陵(綾)。
狂歌名は、尻焼猿人。
屠龍(とりょう)の号は俳諧・狂歌、さらに浮世絵美人画でも用いている 尾形光琳に私淑し琳派の雅な画風を、俳味を取り入れた詩情ある洒脱な画風に翻案し江戸琳派の祖となった。
伝記 生い立ち 神田小川町の姫路藩別邸で、老中や大老にも任じられる名門酒井雅楽頭家、姫路藩世嗣酒井忠仰の次男(第4子)として生まれる。
母は大給松平家の出自で松平乗祐の娘里姫(玄桃院)。
姫路藩主・酒井忠以の弟。
抱一は兄に何かあった場合の保険として、兄が参勤交代で国元に戻る際、留守居としてしばしば仮養子に立てられている。

■ 映像作品

■ 関連書籍

(1761-1828) 江戸後期の画家。姫路城主酒井忠以(ただざね)の弟。本名、忠因(ただなお)。狂歌・俳諧などもたしなむ。絵は特に光琳に傾倒し、遺墨を集めて「光琳百図」「尾形流略印譜」を刊行。代表作「夏秋草図屏風」 三省堂提供「大辞林 第二版」より (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
  • 光琳
  • 狂歌
  • 琳派
  • 上人
  • 伝記
  • 作品
  • 俳人
  • 俳号
  • 僧都
  • 出家
  • 尾形光琳
  • 幼名
  • 抱一
  • 様式
  • 権大
  • 江戸時代
  • 画風
  • 発見
  • 確立
  • 絵師
  • 若き日
  • 通称
  • 遊興
  • きしん
  • とりょう
  • 俳味
  • 俳諧
  • 初期
  • 善次
  • 尻焼
  • 屠龍
  • 後期
  • 本名
  • 杜陵
  • 栄八
  • 江戸
  • 浮世絵
  • 猿人
  • 私淑
  • 称号
  • 美人画
  • 翻案
  • 詩情
  • 軽挙
  • 道人
  • 部屋