生年月日データベース

谷沢永一たにざわえいいち

文芸評論家[日本]

1929年 6月27日

2011年 3月8日 死去享年83歳

谷沢 永一(谷澤 永一、たにざわ えいいち、1929年6月27日 - 2011年3月8日)は、日本の文芸評論家、書誌学者。
関西大学名誉教授。
専門は日本文学(近代)。
渡部昇一との共著が多い。
大阪府大阪市出身。
旧制大阪府立天王寺中学校から関西大学予科を経て同文学部国文学科卒業。
同大学院博士課程修了。
文学博士。
書誌学者。
長老教授金子又兵衛の世話で同文学部助手となり、講師、助教授、教授を務め、1991年に定年より9年早く退職して名誉教授となる。
兵庫県宝塚市に居住していて、阪神・淡路大震災で被災した。
若いころからの躁鬱病であり、自著でも言及している。
2011年3月8日、心不全のため兵庫県伊丹市の病院で死去。
81歳没。
受賞など 1980年、書評コラムを集めた『完本 紙つぶて』でサントリー学芸賞。
1989年、大阪市民表彰文化功労。
1997年、大阪文化賞。
森鴎外と坪内逍遥の論争を論じた『文豪たちの大喧嘩 鴎外・逍遥・樗牛』で、2004年に第55回読売文学賞研究・翻訳賞。

■ 関連書籍

コラムニスト、文芸評論家。日本近代文学、書誌学、関西大学名誉教授。 1929年生まれ。2011年3月8日、死去。81歳だった。 関西大学卒。 若い頃は共産党員だったが、転向し、天皇崇拝家の保守派となる。開高健とは同人誌時代からの友人だが、開高の才能に接して小説家志望をとりやめた。  『大正期の文芸評論』(1962)が最初の著作で、のち中公文庫に入った。 『完本・紙つぶて』でサントリー学芸賞、この類の書誌学的コラムは厖大な量の知られざる書物を紹介しており、一冊読んだだけで物知りになった気になれる。 東大を憎むこと激しく、1977年、東大教授・三好行雄と論争を行い、やはり東大教授(駒場)の越智治雄を激しく攻撃した。谷沢は書誌を学問の基礎とし、「作品論」の類を「学術雑誌に載っていれば論文で、文芸雑誌に載っていれば評論だなどというばかなことがあるか」と喝破した。 また1980年の「アホばか間抜け 大学紀要」(『あぶくだま遊戯』所収)では、大学紀要に載っている論文がいかにくだらないか痛罵したが、実例として取り上げられた論文は割りに優れた、しかし東大出身者のものだったので、東大攻撃の一環だったとされている。 数多くの読書コラム、人生論も出しているが、文学者でありながらも虚学に淫することを戒め、司馬遼太郎の「町人哲学」を称揚し、長谷川慶太郎や松下幸之助を礼賛する著書もあり、関西人の実学的な立場を強調するが、その「論語」解釈は呉智英に痛罵されている。 また親友開高の死後、『回想 開高健』を異様な文章で書き、その妻牧羊子がいかに悪妻だったかを暴露した。 …… (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
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