生年月日データベース

吉村昭よしむらあきら

作家[日本]

1927年 5月1日

2006年 7月31日 死去享年80歳
吉村昭 - ウィキペディアより引用

吉村 昭(よしむら あきら、1927年(昭和2年)5月1日 - 2006年(平成18年)7月31日)は、日本の小説家。
東京・日暮里生まれ。
学習院大学中退。
1966年『星への旅』で太宰治賞を受賞。
同年発表の『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、1973年菊池寛賞を受賞。
現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表。
日本芸術院会員。
小説家津村節子の夫。
生い立ち 東京府北豊島郡日暮里町大字谷中本(現在の東京都荒川区東日暮里)に生まれる。
父吉村隆策、母きよじの八男。
父は、百貨店や寝具店への卸売や、鉱山などに納入するふとん綿を製造する工場と綿糸紡績の工場の経営をしていた。
昭が生まれたとき、吉村家の事業は順調に推移していた。
家は平屋建てで物干台がついていた。
住み込みの工員もいて、母は大家族の料理をあつらえた。
吉村家には文学的な雰囲気はなかったが、兄たちの中では三番目の兄英雄が、昭が中学校に入る頃から小説に興味をいだいたらしく芥川賞、直木賞受賞作の単行本などを買って読むようになった。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

よしむらあきら [生]1927.5.1.東京[没]2006.7.31.東京,三鷹小説家。開成中学から旧制学習院高等科・大学に進み,在学中から文学活動を始めた。1953年大学を中退,同人誌『赤絵』仲間の津村節子と結婚。1955年丹羽文雄主宰の『文学者』に参加。同誌に発表した『鉄橋』(1958),『貝殻』(1959),『透明標本』(1961),『石の微笑』(1962)が芥川賞候補作にあげられた。1966年,十代の若者たちの集団自殺を鮮烈に描いた『星への旅』で太宰治賞を受賞,一方で大型軍艦の建造から沈没までの事実を冷静にみつめた記録文学もしくは戦記文学ともいうべき『戦艦武蔵』を発表して大きな話題となった。その後,クールなリリシズムを追求した『少女架刑』(1963),『水の葬列』(1967)などを執筆するとともに,綿密な調査・取材による『高熱隧道』(1966),『零式戦闘機』(1967),『陸奥爆沈』(1970),『海の史劇』(1972),心臓移植をテーマにした『神々の沈黙』(1969)などを発表。1973年には一連の記録文学で菊池寛賞,1979年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞,1984年『破獄』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞,1985年『冷い夏,熱い夏』で毎日芸術賞をそれぞれ受賞した。1997年芸術院会員。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 小説家
  • 文学
  • 作品
  • 作家
  • 作風
  • 受賞
  • 吉村家
  • 太宰治
  • 学生
  • 学習院大学
  • 家族
  • 日暮里
  • 日本芸術院
  • 時代
  • 晩年
  • 没後
  • 津村節子
  • 発表
  • 菊池寛
  • 親族
  • 記録
  • 顕彰
  • 中退
  • 会員
  • 取材
  • 史料
  • 同年
  • 多彩
  • 大震災
  • 戦艦
  • 新境地
  • 日本
  • 東京
  • 構成
  • 武蔵
  • 歴史
  • 現場
  • 緻密
  • 証言
  • 長編
  • 関東