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片桐且元かたぎりかつもと

戦国武将[日本]

(弘治2年生)

1556年

1615年 6月24日 死去享年60歳
片桐且元 - ウィキペディアより引用
片桐 且元(かたぎり かつもと)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。
賤ヶ岳の七本槍のひとり。
豊臣家より豊臣姓を許される。
大和国 竜田藩初代藩主。
且元系片桐家初代。
関ヶ原の戦い以降、徳川家康に協力的な立場で豊臣秀頼に仕えていた。
父は浅井氏家臣の片桐直貞、母は不詳。
弟に大和国小泉藩主となった片桐貞隆がいる。
諱 天正12年(1584年)における小牧・長久手の戦いの6月5日付けの陣立書まで確認できるように、豊臣秀吉からは長らく助作と呼ばれていた。
翌天正13年(1585年)7月1日、従五位下・東市正に任じられた際より、直盛の使用が確認される。
且元の使用は、慶長5年(1600年)9月の関ヶ原の戦いの始まる前の頃と考えられている。
この記事においては便宜上、名を且元に統一する。
生涯 出生 近江国浅井郡須賀谷(滋賀県長浜市須賀谷)の浅井氏配下の国人領主・片桐直貞の長男として生まれる。
信濃源氏の名族片桐氏は伊那在郷の鎌倉御家人だったが、本流が片桐郷に残る一方、支流は承久年間以降に美濃・近江に進出、戦国大名化した浅井氏に仕えるようになったのは直貞の代からという。

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