生年月日データベース

里村紹巴さとむらじょうは

連歌師[日本]

(大永5年生)

1525年

1602年 6月2日 死去享年78歳
里村紹巴 - ウィキペディアより引用

里村 紹巴(さとむら じょうは、大永5年(1525年) - 慶長7年4月14日(1602年6月2日))は、戦国時代の連歌師。
里村姓は後世の呼称であり、本姓は松井氏ともいわれる。
号は臨江斎・宝珠庵。
奈良の生れ。
長男に里村玄仍、次男に里村玄仲、娘婿に里村昌叱。
連歌を周桂(しゅうけい)に学び、周桂の死後、里村昌休(しょうきゅう)につき、のち里村家を継いだ。
その後公家の三条西公条をはじめ、織田信長・明智光秀・豊臣秀吉・三好長慶・細川幽斎・島津義久・最上義光など多数の武将とも交流を持ち、天正10年(1582年)、明智光秀が行った「愛宕百韻」に参加したことは有名である。
本能寺の変後には豊臣秀吉に疑われるも難を逃れた。
40歳のとき宗養の死で連歌界の第一人者となるが、文禄4年(1595年)の豊臣秀次事件に連座して近江国園城寺(三井寺)の前に蟄居させられた。
連歌の円滑な進行を重んじ連歌論書『連歌至宝抄』を著したほか、式目書・式目辞典・古典注釈書などの著作も多く、『源氏物語』の注釈書『紹巴抄』、『狭衣物語』の注釈書『下紐』などが現存している。

■ 関連書籍

連想語句
  • 里村
  • 連歌
  • 三条西公条
  • 主人公
  • 作品
  • 公家
  • 戦国時代
  • 明智光秀
  • 書籍
  • 玄仲
  • 紹巴
  • 織田信長
  • 豊臣秀吉
  • 逸話
  • 関連
  • しゅうけい
  • しょうきゅう
  • 呼称
  • 奈良
  • 奈良市
  • 娘婿
  • 宝珠
  • 後世
  • 日本
  • 本姓
  • 村家
  • 松井
  • 次男
  • 死後
  • 長男