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宮澤章二

詩人[日本]

1919年 6月11日

宮澤 章二(みやざわ しょうじ、1919年6月11日 - 2005年3月11日)は、日本の詩人・作詞家。
埼玉県羽生市出身。
東京府立高等学校、東京大学文学部美学科卒業。
埼玉県立不動岡高等学校の教諭時代に、疎開で加須市に住んでいた作曲家の下総皖一と出会ったことから、詩人・作詞家として活動を開始。
校歌や合唱曲、童謡などの作詞を多数手がけた。
特に校歌は埼玉県内を中心に300校以上にのぼる。
『ジングルベル』の訳詞者としても知られる。
日本童謡賞、赤い鳥文学賞特別賞、埼玉県文化賞、埼玉県文化功労賞知事表彰などを受賞。
大宮市教育委員長も務めた。
詩『行為の意味』の一節、「思いは見えないけれど、思いやりは見える」が、ACジャパンの2010年度キャンペーンCMに使用された。
2013年、母校の羽生市立三田ケ谷小学校に記念館が開設された。
校歌作詞校 青梅市立吹上小学校 久喜市立太田小学校 久喜市立久喜中学校 久喜市立砂原小学校 久喜市立菖蒲中学校 熊谷市立玉井中学校 深谷市立大寄小学校 本庄市立中央小学校 鴻巣市吹上北中学校 行田市立長野中学校 羽生市立井泉小学校 羽生市立須影小学校 羽生市 旧千代田中学校 羽生市立三田ヶ谷小学校(母校) 羽生市立村君小学校 さいたま市立大宮別所小学校 さいたま市立泰平中学校 さいたま市立宮原中学校 さいたま市立川通小学校 さいたま市立桜山中学校 さいたま市立柏陽中学校 さいたま市立大成小学校 川越市立上戸小学校 宇都宮市立陽西中学校 栃木市立吹上小学校 佐野市立常磐小学校 鹿沼市立北中学校 鹿沼市立西中学校 小山市立小山第二中学校 柏崎市立第三中学校 一関市立薄衣小学校(旧校歌) 一関市立大原中学校 長野県立伊那弥生ヶ丘高等学校 緑ヶ丘女子中学校・高等学校 戸田市立新曽中学校 毛呂山町立川角 ……

■ 関連書籍

■ 音楽作品

さいたまを代表する孤高の詩人、作詞家。 日本童謡賞(昭和47年)、赤い鳥文学賞特別賞、埼玉県文化賞、埼玉県文化功労賞知事表彰などを受賞。 1919年6月11日、埼玉県羽生市弥勒生まれ。 中学時代に映画監督を志し、往復の運賃だけを握り締め、京都在住のある映画監督まで門弟を志願したが、 「中学を卒業してからでも遅くない」と諭され、泣く泣く引き返したことがある。 昭和17年に結婚し、昭和18年、東京帝国大学(東京大学)文学部美学科卒業。 昭和22年から高校で国語教師として教鞭をとった。 大利根町に疎開していた下総皖一(門弟に團伊玖磨や芥川也寸志らがいる作曲家)と知り合い、 彼が作曲していた小学校の校歌や合唱曲の作詞を手がけるようになる。 昭和27年東京都荒川区町屋に移転し、本格的に文筆業に専念。 NHKラジオ歌謡等の作詞、放送台本を執筆。 昭和32年、大宮に移転し、童謡・歌曲・合唱曲・校歌・社歌・市民歌の作詞、童話の執筆を多数手がける。 中でも校歌は戦後のベビーブーム世代と、校歌制定の動きも出始めた事で需要が多く、300校に及ぶ。 代表作「ジングルベル」の訳詞もこの頃に作られた。 また、童謡詩「知らない子」もよく知られている。 更に自由詩も作り、「蓮華」「空存」「あんぶくの臍」「枯野抄」「旅路」「埼玉風物詩集」「風鈴抄」「風魂歌」「出発の季節」「拾遺抄」「まご抄」等、20作弱の詩集を発表した。 北辰図書情報誌連載の中学生のための詩と「埼玉グラフ」連載の埼玉風物詩はライフワークとなり、共に300編以上書き続ける。 日本現代詩人会会員、日本童謡協会常任理 …… (引用元 Hatena Keyword)

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