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北条氏直ほうじょううじなお

戦国大名[日本]

(永禄5年生)

1562年

1591年 12月19日 死去享年30歳
北条氏直 - ウィキペディアより引用
北条 氏直(ほうじょう うじなお)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。
相模国の戦国大名で小田原城主。
後北条氏の第5代当主である。
父は北条氏政、母は武田信玄の娘・黄梅院。
父と共に後北条氏の最大版図を築き上げたが、外交の失敗で豊臣秀吉による小田原征伐を招き、後北条氏の関東支配は終焉を迎えた。
生涯 家督相続 後北条氏は氏直の祖父・北条氏康の時代に甲斐の武田氏・駿河の今川氏と甲相駿三国同盟を締結していたが、父の氏政はその一角である甲相同盟において武田信玄の娘・黄梅院を正室としており、氏直は永禄5年(1562年)に氏政の次男として小田原城で生まれる(兄の新九郎は早世)。
幼名は国王丸。
仮名は新九郎。
武田義信・武田勝頼の外甥にあたる(義信は母黄梅院の兄で、勝頼はその弟にあたる)。
永禄11年(1568年)末には武田・今川間の関係悪化により武田氏の駿河今川領国への侵攻が行われ(駿河侵攻)、氏直は没落した今川当主・今川氏真(叔母の早川殿は氏真の正室だった)の猶子として家督を相続し、将来の駿河領有権を得たという(但し、駿河は武田領国化されたため現実のものとはならなかった)。

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連想語句
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