生年月日データベース

在原業平ありわらのなりひら

貴族歌人[日本]

(天長2年生)

0825年

(ユリウス暦) 0880年 7月9日 死去享年56歳
在原業平の辞世
つひに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを
在原業平 - ウィキペディアより引用

在原 業平(ありわら の なりひら)は、平安時代初期の貴族・歌人。
平城天皇の孫。
贈一品・阿保親王の五男。
官位は従四位上・蔵人頭・右近衛権中将。
六歌仙・三十六歌仙の一人。
別称の在五中将は在原氏の五男であったことによる。
全百二十五段からなる『伊勢物語』は、在原業平の物語であると古くからみなされてきた。
出自 父は平城天皇の第一皇子・阿保親王、母は桓武天皇の皇女・伊都内親王で、業平は父方をたどれば平城天皇の孫・桓武天皇の曾孫であり、母方をたどれば桓武天皇の孫にあたる。
血筋からすれば非常に高貴な身分だが、薬子の変により皇統が嵯峨天皇の子孫へ移っていたこともあり、天長3年(826年)に父・阿保親王の上表によって臣籍降下し、兄・行平らとともに在原朝臣姓を名乗る。
仁明朝では左近衛将監に蔵人を兼ねて天皇の身近に仕え、仁明朝末の嘉祥2年(849年)無位から従五位下に直叙される。
文徳天皇の代になると全く昇進が止まり、官職に就いた記録もなく不遇な時期を過ごした。
清和天皇のもとで再び昇進し、貞観4年(862年)従五位上に叙せられたのち、左兵衛権佐・左近衛権少将・右近衛権中将と武官を歴任、貞観11年(869年)正五位下、貞観15年(873年)には従四位下に昇叙される。

■ 関連書籍

■ 音楽作品

ありわらのなりひら [生]天長2(825)[没]元慶4(880).5.28.平安時代前期~中期の歌人。六歌仙,三十六歌仙の一人。平城天皇皇子阿保(あぼ)親王の第5子。母は桓武天皇皇女伊登(いと)内親王。天長3(826)年在原姓を賜わり,従四位上,右近衛権中将にいたった。在中将,在五中将とも呼ばれる。『伊勢物語』の主人公に擬せられ,その奔放な行動と情感のあふれた歌によって小野小町と並称される。『古今集』以下の勅撰集に90首近く入集。家集『業平集』が『三十六人集』中に収められている。二条后高子(たかいこ)や斎宮恬子(てんし)らとの恋愛,東下り,惟喬(これたか)親王との親交などが虚実入り交って伝えられ,謡曲『杜若(かきつばた)』『井筒』をはじめ多くの文芸作品の素材となった。その子に棟梁(むねやな),滋春(しげはる),孫に元方(もとかた)らの歌人がいる。容姿が美しく,後世,美男の代名詞とされた。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 親王
  • ゆかり
  • 三十六歌仙
  • 中将
  • 五男
  • 代表
  • 伊勢物語
  • 六歌仙
  • 出典
  • 出自
  • 在原
  • 官位
  • 注釈
  • 短歌
  • 系譜
  • 蔵人頭
  • 関連
  • 阿保
  • 一人
  • 別称
  • 在五
  • 物語
  • 百二十五
  • 近衛
  • 近衛府