生年月日データベース

スハルトSuharto

軍人、インドネシア第2代大統領[インドネシア]

1921年 6月8日

2008年 1月27日 死去多臓器不全享年86歳
スハルト - ウィキペディアより引用

スハルト(Soeharto, Haji Muhammad Soeharto 1921年6月8日 - 2008年1月27日)はインドネシアの軍人、政治家。
第2代大統領(1968年 - 1998年)。
30年以上在任し、開発独裁政権として同国の工業化を推し進めたが、アジア通貨危機後の政治不安、社会不安を沈静化できず、大統領職を辞任した。
在任中から、身内への不正な利益供与などについての批判を集めており、辞職後、その法的責任を問われたが、高齢、健康問題を理由に刑事訴追は取り下げられた。
植民地時代末期の生い立ち 植民地(オランダ領東インド)時代のインドネシアの中部ジャワ州、ジョグジャカルタ近郊の農村、ゴデアン村に生まれる。
父親は村の水利役人、母親はジョグジャカルタのスルタン夫人の遠縁にあたる女性だった。
両親の離婚に伴い、各地を転々としながら、現地語(ジャワ語)で小学校教育をウルヤントロで終え、その後もウォノギリ、クムスと移転しながら、18歳で中学校を卒業した。

■ 関連書籍

Suharto [生]1921.6.8.オランダ領東インド,ケムスアルガムルジャ[没]2008.1.27.インドネシア,ジャカルタインドネシアの軍人,政治家。下級中学校,イスラム学校を卒業。1940年オランダ領東インド軍に入隊。日本軍政下でペタ(祖国防衛義勇隊)に転じた。1945年10月人民保安隊(のちの国軍)副大隊長。1947~49年インドネシア独立承認をめぐってオランダ軍と戦った。1962年少将,1963年陸軍戦略予備軍司令官,1965年九・三〇事件をアブドル・ナスチオン将軍と協力して鎮圧。10月陸軍大臣兼陸軍総司令官。1966年3月スカルノ大統領から一部権限の移譲を受け,7月にはアンペラ(国民受難の声)内閣の首相,国防治安大臣,陸相,陸軍総司令官を兼任。暫定国民協議会の任命により1967年3月全権を奪われたスカルノに代わって大統領代理,1968年3月28日大統領に就任した。以後,軍内外の政敵を排除しつつ1973,1978,1983,1988,1993年と6選を果たし,不動の地歩を確立した。1998年,7選を果たしたが同年5月辞任。2000年8月,大統領在任中に巨額の不正蓄財を行なったとして起訴された。 (引用元 コトバンク)

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