生年月日データベース

山田久志やまだひさし

プロ野球選手、監督[日本]

1948年 7月29日

山田久志 - ウィキペディアより引用

山田 久志(やまだ ひさし、1948年7月29日 - )は、秋田県能代市出身の元プロ野球選手(投手)・監督・コーチ、野球解説者。
兵庫県西宮市在住。
現役時代は12年連続開幕投手を務めるなどし、アンダースロー投手としては日本プロ野球最多となる通算284勝を記録した。
球界関係者からは史上最高のサブマリン投手と称されることもある。
プロ入り前 兄・勉も能代高校OBで在学中にレギュラーとして甲子園出場を果たし、その兄の背中を追って能代高校に進学。
三塁手から投手に転向するきっかけになったのは、2年生の夏の自身のエラーによるサヨナラ負けだったという。
1966年夏の甲子園県予選準決勝に進むが、秋田高に逆転負け。
西奥羽大会には進出できなかった。
結局、これが在学中の最高成績となった。
高校同期に捕手の大沢勉がいる。
卒業後、社会人野球の富士製鐵釜石に入社。
投法をサイドスローからアンダースローに変えた(ただし、本人はインタビューの中で「オーバースローの体勢のまま上半身を斜めにしただけであって、純然たるアンダースローではない」と述べている)。

■ 映像作品

■ 関連書籍

プロ野球選手・指導者・解説者。 通称「サブマリン」。 右投右打、ポジションは投手。背番号は17番。 1948年7月29日生まれ。秋田県出身。 能代高校から富士製鉄釜石製鉄所*1に入社し、1年目で都市対抗野球に出場。 1968年、西鉄ライオンズのドラフト11位指名を拒否。 翌1969年、ドラフト1位で阪急ブレーブスに入団。 1年目より一軍に定着、2年目の1970年、10勝を挙げる。 1986年まで17年連続二桁勝利。 アンダースローの投手として、独特のサブマリン投法でブレーブスの絶対的なエースとして君臨。 1970年代のブレーブス黄金時代を築いた。 1975年から1977年まで、3年連続MVP受賞。*2 1977年から1988年まで、12年連続開幕投手の日本記録・世界タイ記録を達成。 1970〜80年代を代表する投手として活躍し、通算284勝を挙げた。 1988年、阪急ブレーブス身売りと同時に現役引退。背番号17番が永久欠番とならなかったことが惜しまれる。 1989年、NHKの野球解説者となる。 1995年、オリックス・ブルーウェーブ投手コーチに就任。 球界屈指の投手陣を作り上げ、同年のパリーグ優勝に貢献。翌1996年のリーグ連覇及び日本一に大きく貢献した。 同年オフに仰木彬及びフロントとの確執により、退団。NHK野球解説者に復帰。 1998年、星野仙一に三顧の礼で迎えられ、中日ドラゴンズの一軍投手コーチに就任。 投手王国を完成させ、1999年、チームをリーグ優勝に導いた。 2001年の星野監督退団により、監督に昇格。コーチ時代より引き続き投手陣の確立を行った。 2003年9月9日、成績不振を理由に休養*3 退団後はCBCと日刊スポーツで野球解説者を務 …… (引用元 Hatena Keyword)

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