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永野重雄ながのしげお

新日本製鉄 元会長[日本]

1900年 7月15日

永野 重雄(ながの しげお、1900年7月15日 - 1984年5月4日)は日本の実業家。
島根県松江市生まれ、広島県広島市南区出汐育ち。
新日本製鐵会長、経済同友会代表幹事、日本商工会議所会頭などを歴任した、戦後日本を代表する経済人の一人。
財界四天王の一人で、"戦後の財界のドン"ともいわれた。
広島高等師範学校附属小学校 - 広島高等師範学校附属中学校 - 第六高等学校 - 東京帝国大学法学部政治学科卒業。
正三位勲一等旭日桐花大綬章。
広島市名誉市民。
  永野家 広島県呉市沖の瀬戸内海に浮かぶ下蒲刈島三之瀬にある浄土真宗本願寺派の弘願寺が実家。
寺院の開基は室町時代の1525年(大永5年)源氏との壇の浦の戦いに敗れた平家の武将・永野小佐衛門がこの地に落ちのび名を常浄と改め、元行寺という浄土宗の廃寺跡に弘願寺を建立した。
重雄の父・法城は本来11代目を継ぐ立場にあったが、明治初期の激動期に寺を出奔して上京、大學南校(東京大学の前身)で法律を学び裁判官となった。

■ 関連書籍

ながのしげお [生]1900.7.15.広島[没]1984.5.4.東京実業家。1924年東京大学法学部卒業。浅野物産に入り,翌年富士製鋼に移り,33年支配人となる。34年,製鉄大合同で日本製鉄に移り,製鉄分割により50年富士製鉄社長。70年,八幡,富士両製鉄合併で新日本製鐵会長となり,73年相談役に退く。46年経済同友会設立に参画,50年代表幹事。52年東京商工会議所副会頭,69年日本商工会議所会頭となり,以後約15年在任した。 (引用元 コトバンク)

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