生年月日データベース

徳川夢声とくがわむせい

弁士、漫談家、俳優[日本]

1894年 4月13日

1971年 8月1日 死去享年78歳
徳川夢声の辞世
おい、いい夫婦だったなあ
徳川夢声 - ウィキペディアより引用

徳川 夢声(とくがわ むせい、1894年4月13日 - 1971年8月1日)は、日本の弁士、漫談家、作家、俳優。
ラジオ・テレビ番組などをはじめ、多方面で活動した日本の元祖マルチタレントとも言える人物である。
本名は福原駿雄(ふくはら としお)。
「彼氏」「恐妻家」の造語でも知られる。
日本放送芸能家協会(現・日本俳優連合)初代理事長。
いわゆる「3つの袋」と言われる、結婚式のスピーチで定番の起源を作った人ではないかと言われているが、その真相は不明である。
島根県益田市に生まれ、東京に育つ。
口演童話家として活躍し、児童文学の普及に貢献した天野雉彦は叔父。
3歳の頃、母に捨てられ、同居していた祖母に育てられる。
幼少の頃から話術が達者で当時演じられていた落語をほとんど覚えていたという。
学生時代に、近所に住む人妻と恋愛関係になるが、彼女は後に新劇界の伝説の女優「伊沢蘭奢」になった。
東京府(現:東京都)立第一中学校(現在の都立日比谷高校)を卒業したが、一高(現在の東京大学教養学部)の入学試験に二度失敗。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

無声映画の活動弁士・漫談家・小説家・随筆家・映画俳優・新劇俳優?・放送タレント・対談家? 本名:福原駿雄(ふくはら としお) 別号:夢諦軒?、含宙軒? 誕生日:1894年(明治27年)4月13日 出身地:島根県益田市生まれ 東京都育ち 東京府立一中(現:都立日比谷高等学校)卒 明治〜大正〜昭和にかけてマルチ的な才能を遺憾なく発揮して多方面で活躍した。「話芸の神様」で、職業「雑」の男。 1913年(大正2年)、活動弁士になるために清水霊山?に師事。福原霊川?の名で活動。 1914年(大正3年)、赤坂葵館?に勤務。この葵の紋にちなみ、翌年「徳川夢声」の名前になった。 1933年(昭和8年)、古川緑波や大辻司郎らと浅草常盤座?に喜劇団「笑いの王国?」を設立しこれに参加。 1937年(昭和12年)、岸田国士や杉村春子と文学座を結成。 1938年(昭和13年)、第7回直木賞候補に名が挙がる。 1939年(昭和14年)よりラジオ関東(現:ラジオ日本)で放送された「宮本武蔵」の朗読が代表作。 1949年(昭和24年)、第21回直木賞候補に名が挙がる。 1951年(昭和26年)、「週刊朝日」に対談「問答有用」を連載開始。連載400回を超える、代表作となる。 1955年(昭和30年)、第3回菊池寛賞受賞。 1957年(昭和32年)、紫綬褒章受章。 1965年(昭和40年)、東京名誉都民。 1967年(昭和42年)、勲四等旭日小綬章受章。 1971年(昭和46年)8月1日、脳軟化症のため死去。77歳。 夢声の没後、誕生の地島根県益田市で「徳川夢声市民賞?」が創設され、2001年(平成13年)に小沢昭一が第一回徳川夢声市民賞?を受賞している。 …… (引用元 Hatena Keyword)

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