生年月日データベース

広澤克実ひろさわかつみ

プロ野球選手、コーチ[日本]

1962年 4月10日 生 (満56歳)

広澤 克実(ひろさわ かつみ、本名:広沢 克己(読み同じ)、1962年4月10日 - )は、元プロ野球選手(内野手、外野手)・指導者、野球解説者。
茨城県結城市出身。
登録名は1996年から1998年までは広沢克、1999年以降は広澤 克実。
愛称は「トラ」など。
巨人、阪神の両球団で4番を打った唯一の選手である。
来歴・人物 プロ入りまで 元ダイエーの藤本博史らと並び、プロ野球選手には珍しい柔道の有段者である。
小山高校では1980年夏の栃木大会決勝に進出するが、黒磯高に完封を喫し甲子園出場を逸する。
卒業後は明治大学に進学。
同期には竹田光訓、善波達也(東京ガス-明大監督)がいる。
下級生時代は監督の島岡吉郎からスパルタ教育を受け、練習の辛さや人間関係から、何度も辞めようと思ったことがあるというが、先輩の平田勝男が悩んでいる広澤を部屋に呼び、蕎麦などをごちそうし、「食べたら街にでも遊びに行って来い、夜まで帰ってこなくていいぞ」と気を遣ってくれて、広澤は涙が止まらなかったという。

■ 映像作品

■ 関連書籍

プロ野球選手・指導者。 旧名「克己」「克」。 通称「トラ*1」。 右投右打、ポジションは一塁手→外野手。背番号は8→80→10→31番。 1962年4月10日生まれ。栃木県出身。 小山高校から明治大学に進学。 在学中の1984年、ロサンゼルスオリンピックに出場し金メダルに貢献。 同年、ドラフト1位指名でヤクルトスワローズに入団。 永久欠番となる予定であった大杉勝男の背番号8番を、本人より譲り受ける。 関根潤三に抜擢され、池山隆寛と共に「イケトラ」コンビとして主軸を成した。 野村克也の下では、4番打者として活躍。優勝、スワローズの黄金時代に貢献。 1995年、FA宣言し読売ジャイアンツに移籍。 主に左翼手として出場。 1996年、克己から克に改名し、1999年には克実と2度改名した。 2000年、野村克也監督のいる阪神タイガースに移籍。 2003年、現役最後の日本シリーズ最終打席で和田毅から本塁打を打つ。*2 スワローズ時代の1992年、1993年、ジャイアンツ時代の1996年、そしてタイガース時代の2003年と、所属した3球団全てでリーグ優勝を経験。 同年、現役引退。 引退後はNHK、スポーツニッポンの野球解説者。関西ではタレントとしても活躍。 また、マスターズリーグ・東京ドリームスの選手、モルツ球団の選手としても活躍。 2007年、タイガースの一軍打撃コーチに就任。 (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
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