生年月日データベース

秋山幸二あきやまこうじ

プロ野球選手、監督[日本]

1962年 4月6日

秋山幸二 - ウィキペディアより引用

秋山 幸二(あきやま こうじ、1962年4月6日 - )は、熊本県八代郡宮原町(現:氷川町)出身の元プロ野球選手、監督。
選手時代は西武ライオンズと福岡ダイエーホークスに所属。
ポジションは三塁手、のち外野手。
福岡ソフトバンクホークス第19代監督を務めた。
2005年には福岡ソフトバンクホークス二軍監督に就任。
2007年は総合コーチ、2008年はチーフコーチを務め、2009年シーズンから2014年シーズンは同チームの一軍監督(第19代)を務めていた。
彼が生まれる前に7歳で夭折した兄がおり、母から、その兄の分まで人の二倍幸せになってほしいという意味で「幸二」と名付けられた。
幸二本人も4歳の時に自家中毒にかかって生死の境をさまよったことがある。
彼が中学生の時に姉を17歳で白血病で亡くしている。
小学3年生時に母の勧めで地元に設立されたばかりの少年野球チームに入る。
小学生時代からバック転をするなどスポーツ万能であったが野球は得意でなかった部類という。
中学時代はサードやセンターを守っていた。
熊本県立八代高等学校に進学後ほどなくして野球部に入部し、監督の「お前は背が高いからピッチャーだ」の一言で投手にコンバートされる。

■ 映像作品

■ 関連書籍

80〜00年代のプロ野球選手。 通称「ホームランアーティスト」「ミスターメイ」。 右投右打、ポジションは三塁手→外野手。背番号は71→24→1番。 1962年4月6日生まれ。熊本県出身。 八代高校時代に熊本県大会で伊東勤と対戦。根本陸夫に素質を見出される。 1981年、ドラフト外で西武ライオンズに入団。 入団5年目の1985年、三塁手の定位置を獲得。 レフトへの美しい弾道の本塁打を持ち味にして40本を打ち、球界を代表するホームランバッターとなる。 1987年、外野手にコンバート。中堅手としてチームを牽引。同年、本塁打王を獲得。 1989年には3割・30本塁打・30盗塁でトリプルスリーを達成。 メジャーに最も近い打者との異名をとる。翌1990年にも30本塁打・50盗塁を達成。 8度のリーグ優勝、6度の日本一に大きく貢献。西武ライオンズの黄金時代を支えた。 清原和博とのAK砲、オレステス・デストラーデを加えたAKD砲を形成。 1991年、正力松太郎賞、日本シリーズMVPを獲得。 「鉄人リスト」と呼ばれる強靭な腕力でレフトへ豪快な打球を飛ばし、 器械体操で培った敏捷な運動神経で、完璧な守備と走塁を見せてファンを魅了した。 鉄壁の守備といい、バック宙でホームインするような身のこなしといい、強打者にして華麗な選手である。 1994年、佐々木誠・村田勝喜・橋本武広との3対3の世紀のトレードで、 渡辺智男・内山智之と共に福岡ダイエーホークスに移籍。 以降、FA権利を一度も使わずにホークス一筋だった。 移籍して連続30本塁打以上の記録は9年で途切れるが、バッティングスタイルを変え、走攻守三拍子そろっ …… (引用元 Hatena Keyword)

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  • ポジション
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  • 代表
  • 出身
  • 埼玉西武ライオンズ
  • 就任
  • 幸二
  • 所属
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  • 総合
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