生年月日データベース

法華津寛ほけつひろし

馬術選手[日本]

1941年 3月28日

法華津寛 - ウィキペディアより引用

法華津 寛(ほけつ ひろし、1941年3月28日 - )は、日本の馬術選手、実業家。
アバロン・ヒルサイドファーム所属。
東京府出身。
私立武蔵高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業後、日本石油に入社。
馬術を始めたのは12歳の時にサマーキャンプで馬に乗ったのがきっかけ。
元外交官で極洋捕鯨の社長だった父親に頼んで、一部特権階級だけが入会を許されていた東京乗馬倶楽部に加入。
学生時代から選手として数々の大会に出場。
1964年に開催された東京オリンピックに出場し、障害飛越個人40位、同団体12位。
東京オリンピックの後に日本石油を退職し、デューク大学大学院へ留学し経済学専攻修士課程修了。
その後、外資系製薬会社エフ・ホフマン・ラ・ロシュ、ジョンソン・エンド・ジョンソンを経て、1981年から同社傘下のオーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス(Ortho-Clinical Diagnostics)に勤務(のちに社長に就任し、2002年に定年退職)。

■ 関連書籍

ほけつ-ひろし 1941-昭和後期-平成時代の馬術選手。昭和16年3月28日生まれ。昭和39年東京五輪代表に選ばれ,障害飛越個人40位,同団体12位。のち馬場馬術に転向。オーソ(現・オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス)社長に就任するなど実業家として活躍したが,定年後オリンピック出場をめざし,平成15年よりドイツで馬術修業。20年北京五輪馬場馬術団体,同個人で出場(愛馬はウィスパー号)。24年フランス・ビドーバンでの国際大会で優勝してロンドン五輪出場枠を獲得し,71歳日本最高齢での五輪代表に決定した。アバロン・ヒルサイドファーム所属。東京出身。慶大卒。 (引用元 コトバンク)

「法華津寛」と関連する人物

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