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本多勝一ほんだかついち

左翼ジャーナリスト、捏造フィクション作家[日本]

1932年 1月28日

本多 勝一(ほんだ かついち、1932年1月28日 - )は、日本のジャーナリストである。
青少年時代 長野県下伊那郡大島村(現在の松川町)に生まれる。
妹の節子は脳性麻痺で著書『脳性マヒ、ただいま一人暮らし30年――女性障害者の生きる闘い』がある。
少年時代は自然に親しむ一方、漫画を描くことを趣味にしていた。
第二次世界大戦中、日本軍が秘密兵器でアメリカ合衆国本土に上陸する漫画を描いていたが、その途中で日本が降伏してしまったという。
手塚治虫を師と仰ぎ、手紙を出して返事を貰い、紙上で漫画の描き方を指導されたこともある。
現在でも手塚作品を宮崎駿のアニメと並んで高く評価している。
1950年(昭和25年)3月、長野県飯田高等学校卒業。
高校在学中は京都大学の木原均にあこがれて生物学を志すも結局進学できず1954年(昭和29年)3月に千葉大学薬学部を卒業し薬剤師免許取得後、1954年4月に京都大学に進学したとされる。

■ 関連書籍

ほんだ-かついち 1932-昭和後期-平成時代のジャーナリスト。昭和7年3月28日生まれ。昭和33年朝日新聞社に入社。社会部記者となり,探検ルポ「カナダ・エスキモー」「ニューギニア高地人」,ベトナム戦争ルポ「戦場の村」などを発表。43年編集委員。のち事実をつみあげて告発するルポ「殺される側の論理」「カンボジアの旅」などをあらわす。平成3年退社後,久野収(くの-おさむ)らと「週刊金曜日」を創刊。長野県出身。京大卒。 (引用元 コトバンク)

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