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郭泰源かくたいげん

プロ野球選手[台湾]

1962年 3月20日

郭泰源 - ウィキペディアより引用

郭 泰源(クォ・タイユエン、かく たいげん、1962年3月20日 - )は、台湾の台南市出身の元プロ野球選手(投手)。
右投げ右打ち。
現役時代の愛称はオリエンタル・エクスプレス、オリエント・エクスプレス。
アマチュア時代 台南市の農家で兄、姉それぞれ3人ずつの7人兄弟の末っ子として生まれる。
小学校5年生の時に野球を始め、クラブが全寮制だったため親元を離れた。
台南長栄中から長栄高等中学に進み、2年生の時に遊撃手から投手に転向している。
この頃、初めて郭を見に来たプロのスカウトが西武ライオンズの人間だったという。
高校卒業後は合作銀行に入り、1982年には中華民国陸軍野球部に入隊。
同年の第27回IBAFワールドカップでチャイニーズタイペイ代表として活躍し、各国のスカウトの注目を集める。
ロサンゼルスオリンピックのアジア予選も兼ねて実施された1983年のアジア野球選手権大会では、チャイニーズタイペイ、日本、韓国の3カ国同時優勝に貢献。

■ 関連書籍

80〜90年代のプロ野球選手。野球指導者。 通称「オリエンタル・エクスプレス」。 右投右打、ポジションは投手。背番号は12→18番。 1962年生まれ、身長180cm、体重72kg。 158kmの速球を武器に台湾のエースとしてロサンゼルスオリンピックで活躍。 MLBを含む多球団で争奪戦の末、1985年、西武ライオンズに入団、1年目にいきなりノーヒットノーランを達成。 速球派ながら抜群のコントロールを持ち、ライオンズの黄金時代を支えた。 1996年、外国人として初めてFA権を取得、外国人登録から外れる。 1997年、現役引退。 台湾では「二郭一荘」と呼ばれ、郭源治・荘勝雄と並ぶ国民的英雄である。 引退後は台湾メジャーリーグの高級技術顧問。日本球界と台湾球界の橋渡し役も務める。 2004年、台湾プロ野球、誠泰コブラズの監督に就任。 2005年に球団が関与した八百長事件の際は、日本に滞在。後期プレーオフを制すも、台湾シリーズで敗退した。 同年、監督を辞任。 2013年、福岡ソフトバンクホークスの投手コーチに就任。 (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
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