生年月日データベース

朱里エイコしゅりえいこ

歌手[日本]

1948年 3月19日 生 (満70歳)

朱里 エイコ(しゅり エイコ 、本名:田辺栄子(たなべ えいこ)、1948年3月19日 - 2004年7月31日)は、日本の歌手。
日本国外を中心に活躍した。
16歳での単身渡米 1948年3月19日、舞踏家兼振付師で『エド・サリヴァン・ショウ』に出演歴のある朱里みさをとオペラ歌手の父の娘として東京に生まれる。
家庭内暴力のため、両親は間もなく離婚、そして父はエイコが5歳の時に交通事故のため亡くなっている。
1964年11月、日本人の海外渡航自由化の年に16歳で単身渡米。
ボブ・アルシルバーに師事。
アメリカ、ハリウッドで当時有名だったプロデューサー、トーマス・ポールが来日した際、大勢の中からオーディションに合格し、ダウンタウンのエルコース・ホテルで初舞台を踏む。
この年から2年間の契約で、ラスベガスを中心に各地のショービジネスにデビュー。
リノ、レイク・タホ、ハワイ、シアトル、シカゴ、ニューヨークなどの一流ホテル・クラブで活躍した。
まだ無名だった彼女は常にアメリカのランキング上位40曲を歌えなければならなかったという。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

歌手。(本名・田辺栄子) 1948年3月19日、東京都生まれ。宝塚歌劇団でダンスの指導を担当していた舞踏家の母・みさをさんの手で育てられた。64年に田辺エイコの名前で歌手デビュー。同年、16歳で渡米した。米国ではジャズなどを勉強し、ラスベガスなどでステージに立った。帰国後の67年に朱里エイコとしてデビュー。再び渡米し歌手として修業を積み帰国。72年の「北国行きで」がヒットし、紅白歌合戦に初出場を果たした。73年にも「ジェット最終便」で紅白に出場した。  日本人離れしたパワフルなボーカルと米国流のパフォーマンスに加え、美脚でも人気を集めた。セクシーなミニスカートでのステージでファンを悩殺。“100万ドルの脚線美”“和製ライザ・ミネリ”などと称された。 2004年7月31日、急死。 (引用元 Hatena Keyword)

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