生年月日データベース

大平修三おおひらしゅうぞう

囲碁棋士[日本]

1930年 3月16日

大平修三 - ウィキペディアより引用

大平修三(おおひら しゅうぞう、1930年(昭和5年)3月16日 - 1998年(平成10年)12月11日)は、日本の囲碁棋士。
岐阜県出身、日本棋院所属、木谷實九段門下、九段。
日本棋院選手権戦4連覇5期など。
棋風は剛腕で、「ハンマーパンチ」「丈和の再来」と称された。
準棋士小山嘉代三段は実姉。
小学校教師から専門棋士になった父・憲治五段の指導により、9歳で囲碁を覚え、スパルタ教育を受ける。
10歳の時、木谷実九段に岐阜で3子で指導碁を受け、1941年に木谷門下の内弟子となり、平塚に移る。
その後身体が弱いため一旦郷里に戻るなどし、1947年、日本棋院東海本部(中部総本部の前身)で入段。
四段に昇ってから東京本院に移るが二段に格下げされ、1951年に再度四段となる。
1952年に青年棋士選手権戦準優勝。
1953年に優勝、結婚、五段。
この頃、加納嘉徳、加田克司とともに「戦後派新三羽烏」と呼ばれる。
1957年に首相杯争奪戦準優勝。
1958年に最高位リーグ戦に参加。
1960年に八段、首相杯争奪戦優勝。
1963年九段。
1964、65年に日本棋院第一位決定戦で坂田栄男に連続挑戦。

■ 関連書籍

連想語句
  • 囲碁
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  • 木谷
  • スパルタ教育
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