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ビル・ガリクソンBill Gullickson

メジャーリーガー[アメリカ]

1959年 2月20日

ビル・ガリクソン(William Lee "Bill" Gullickson, 1959年2月20日 - )は、プロ野球選手。
アメリカ合衆国ミネソタ州出身。
右投げ右打ちの投手で、アメリカ・メジャーリーグの他、日本プロ野球の読売ジャイアンツでも選手として活動した。
来歴・人物 イリノイ州のジョリエットカソリック高校を卒業し、1977年6月のMLBドラフトでモントリオール・エクスポズに1位指名(全体で2番目)されエクスポズに入団。
1980年にブレークを果たし、10勝5敗という成績を残してナショナルリーグ新人王投票でスティーブ・ハウに続き2位に入る。
また、その年の試合で挙げた18奪三振は、1998年にケリー・ウッドが20奪三振で更新するまでルーキーとしては最多であった。
この18奪三振という記録は現在のワシントン・ナショナルズの球団記録である。
1981年にはエクスポズにとって唯一となる地区優勝に7勝9敗、防御率2.81で貢献する。
この年は50日間に及ぶストライキの影響で試合数が少なく、勝ち星は伸びなかったが、その後ガリクソンは毎年2桁勝利を挙げ続ける事となった。

■ 関連書籍

William Lee Gullickson MLB選手。プロ野球、読売ジャイアンツの選手。 右投右打、ポジションは投手。背番号は20番。 1959年2月20日生まれ。米国ミネソタ州出身。 ジョリエット高校から1979年、モントリオール・エクスポズにドラフト1位で入団。 1979年9月、MLB昇格。翌1980年、10勝5敗でナショナルリーグの新人王に輝く。 1982年から6年連続で2桁勝利を記録。 1988年、来日し読売ジャイアンツに入団。 糖尿病を患いながらも、2年間で21勝(14敗)を挙げる。 1989年にはリーグ優勝・日本一に貢献した。 1990年、ヒューストン・アストロズでMLBに復帰、1991年には20勝(9敗)で最多勝利。 1992年にはデトロイト・タイガースに転じ14勝、1993年には13勝をあげた。 1994年、現役引退。MLB通算162勝。 桑田真澄と仲が良く、息子のミドルネームに「クワタ」と名付けたエピソードでも知られる。 息子はクレイグ・クワタ・ガリクソン(Craig Kuwata Gullickson)。 娘のカーリー・ガリクソンはプロテニスプレーヤー。 ジャイアンツ史上屈指の優良外国人に数えられる。 また、社会的貢献をした小児糖尿病患者を表彰するため、 1998年に日本糖尿病協会が制定した「ガリクソン賞?」にその名が冠せられている。 (引用元 Hatena Keyword)

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