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堀内恒夫ほりうちつねお

プロ野球選手、監督、解説者[日本]

1948年 1月16日 生 (満70歳)

堀内恒夫 - ウィキペディアより引用

堀内 恒夫(ほりうち つねお、1948年1月16日 - )は、元プロ野球選手(投手)、元監督、野球解説者。
自由民主党所属の前参議院議員(1期)。
読売ジャイアンツのV9時代のエースとして活躍。
プロ入りまで 山梨県甲府市出身。
養蚕業の家に生まれる。
小学生時代に右手人差し指をうどん製作機に挟まれ、1cmほど切断する大怪我を負っている。
しかし、そのことで手の形が変わったことが独特の大きなドロップカーブを生み出すことになった。
甲府市立南中学校1年生の時、部活はサッカー部に入っていた。
下働きが無いのが魅力というのが理由だった。
その後野球部長の熱心な誘いもあって、2年生で野球部に転部、この時は「渋々」だったと言う。
甲府市立甲府商業高等学校では1年生次から中堅手、控え投手として活躍。
1963年夏の甲子園県予選決勝では、3年生エース大石勝彦(大洋-東映)をリリーフして機山工を降す。
しかし第45回記念大会は出場校が多く、会場に阪急西宮球場と甲子園を併用し、甲府商は西宮組に入ったために甲子園を経験することはなかった。

■ 映像作品

■ 関連書籍

元プロ野球選手(投手)・監督・野球解説者。1948年1月16日、山梨県甲府市生まれ。甲府市立甲府商業高等学校を卒業した65年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。翌年には、16勝2敗、奪三振117、防御率1.39の成績を残し、最優秀防御率・最高勝率・沢村賞・新人王を獲得した。以降、78年まで13年連続の二桁勝利を挙げ、同球団の黄金時代を築いた。80年6月、200勝達成。83年、引退。18年間の現役通算成績は、203勝139敗、投球回3045、奪三振1865、防御率3.27。最高勝率3回(1966・1967・1972年)、沢村賞2回(1966・1972年)、ベストナイン2回(1972・1974年)、ゴールデングラブ賞7回(1972~1978年)。2003年には同球団の監督に就任したが、04年3位、05年5位と振るわず、05年退任した。08年、野球殿堂入りを果たす。10年4月、第22回参議院議員通常選挙に自由民主党から出馬したが落選。13年7月31日、自民党参院議員の中村博彦が死去したことを受け、10年の参院選で自民党比例代表名簿次点だったため繰り上げ当選することとなった。 (2013-8-5) (引用元 コトバンク)

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