生年月日データベース

木佐貫洋きさぬきひろし

プロ野球選手[日本]

1980年 5月17日

木佐貫洋 - ウィキペディアより引用

木佐貫 洋(きさぬき ひろし、1980年5月17日 - )は、鹿児島県川内市(現在の薩摩川内市)出身の元プロ野球選手(投手)である。
プロ入り前 川内市川内南中学校では軟式野球部に所属。
川内高校では3年時の1998年、鹿児島県春季高校野球大会にて杉内俊哉を擁する鹿児島実業を破り優勝。
夏の全国高等学校野球選手権鹿児島大会決勝では鹿児島実業に1-3で惜敗。
甲子園出場を逃した。
卒業後は亜細亜大学に進学。
東都大学リーグ通算31試合登板、12勝8敗、防御率1.80、225奪三振。
4年生時は2季連続で最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインの三冠受賞。
第1回世界大学野球選手権日本代表にも選出された。
2002年のドラフト会議で読売ジャイアンツに自由獲得枠で入団。
巨人時代 ルーキーイヤーの2003年はリーグ最多の2完封を含むシーズン10勝を挙げ新人王に選ばれる。
しかし翌2004年は成績が伸びず、シーズン途中から一時抑えに転向する。
2005年は14試合の登板にとどまり未勝利(0勝1敗5セーブ)、7月に右肩甲骨下の手術を行う。

■ 関連書籍

プロ野球選手(投手)。背番号21→41→12→29。 鹿児島県薩摩川内市出身。1980年5月17日生まれ。B型。右投右打。 川内高→亜細亜大→読売ジャイアンツ(03ドラフト自由枠)→オリックス・バファローズ→北海道日本ハムファイターズ 2003年 主な成績 防御率3.34 投球回数175 試合数25 自責点65 10勝7敗。奪三振は180個でセ・リーグ2位。 セ・リーグ新人王。 松坂世代の一人。 1998年(高校3年次)春季九州大会3位。同年夏の鹿児島県大会では、杉内俊哉のいた(現ダイエー〜ソフトバンク〜巨人、2003年日本シリーズMVP)鹿実に決勝で負け、惜しくも甲子園への夢は断たれた。 (補足) 98年夏の鹿児島県大会で川内高校木佐貫は、準々決勝・準決勝・決勝の3日連続登板。準決勝は雨によりナイターゲームとなった為、翌日の決勝に疲労を残した。一方、鹿児島実業は1日の休養が有った。これを受けて県大会の日程に問題有りとされ、後に日程が見直される発端となった。 愛車はアリスト。(車庫入れはちょっと苦手) 好きな芸能人のタイプは木村佳乃。 ヒーローインタビューでは流暢な受け答えが定評。 好きな言葉は『実るほど頭を垂れる稲穂かな』 いつでも謙虚で、かつ前向きな姿勢。 2005年3月入籍予定、2005年シーズンオフ挙式。 2009年オフ、高木康成とのトレードでオリックス・バファローズへ移籍。 2013年のキャンプイン直前に糸井嘉男らとのトレードで北海道日本ハムファイターズに移籍。 同年、5月20日の読売ジャイアンツ戦で全12球団から勝ち星。対戦相手は15年前の決勝で …… (引用元 Hatena Keyword)

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