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河野太郎こうのたろう

政治家[日本]

1963年 1月10日

河野太郎 - ウィキペディアより引用

河野 太郎(こうの たろう、1963年(昭和38年)1月10日 - )は、日本の政治家。
自由民主党所属の衆議院議員(7期)、国家公安委員会委員長兼消費者及び食品安全担当大臣兼規制改革担当大臣兼防災担当大臣。
父は、元衆議院議長の河野洋平。
副総理格国務大臣を務めた元衆議院議員河野一郎は祖父、元参議院議長河野謙三は大叔父に当たる。
来歴・人物 河野洋平の長男として生まれる。
学生時代 YWCA幼稚園、平塚市立花水小学校、慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校時代は、祖父、大叔父、父と同様、競走部(陸上競技部)に入り、箱根駅伝を目標にしていた。
高校の同級生に公明党所属の参議院議員西田実仁がいる。
1981年(昭和56年)慶應義塾大学経済学部に入学。
大学3年時で渡米し、ボストンの高校のサマースクールを経て全寮制のコネチカット州サフィールドアカデミー(Suffield Academy)で1年間過ごす。
続いて1985年(昭和60年)にワシントンD.C.のジョージタウン大学に入学し、比較政治学を専攻。

■ 関連書籍

自民党所属の若手政治家(40代だが)。衆議院議員。神奈川15区。河野洋平の息子。 「政治家をクビにすることはその政治家を選んだ国民の手によってなされるべきだ」として辞職勧告決議案のあり方そのものに反対しているほか、父・洋平の肝移植のドナーになったり、自民党総裁選における独自の候補者探しなど積極的な行動で名が知られている。ときに反自民的となる行動・主張に賛否はあれど、自身が発行しているメールマガジンが新聞の社説に引用されるなど、その存在は確実に注目されている。趣味はシンガポール在住時に覚えたダイビングと平塚でのサッカー観戦。 <略歴> 1963年神奈川県生まれ。米民主党議員(当時)議会事務所アシスタント、ポーランド中央計画統計大学留学を経て1985年ジョージタウン大学卒業。富士ゼロックス株式会社に入社し、同アジアパシフィックが設立されると同時に赴任。1996年に衆議院選挙に初当選。総務大臣政務官、外務委員会理事などを歴任。 2002年1月 総務大臣政務官 2004年、自由民主党副幹事長、自由民主党神奈川県連会長。 2005年度、法政大学大学院客員教授 2005年 第3次小泉改造内閣で法務副大臣。 2006年5月 9月の総裁選挙に立候補を表明。9月 総裁選挙立候補断念。 2006年9月 自由民主党政務調査会副会長(ヒラの副会長) 2008年10月 衆議院外務委員会委員長 2010年4月 自由民主党幹事長代理 (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
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