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山内孝やまのうちたかし

マツダ 社長[日本]

1945年 1月10日

山内 孝徳(やまうち たかのり、1956年8月5日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。
来歴・人物 鎮西高校では、1974年夏の甲子園県予選を勝ち抜き、中九州大会準決勝に進出するが佐伯鶴城高に敗退、甲子園には届かなかった。
卒業後は電電九州に進む。
1979年のドラフト会議で南海ホークスの3位指名を受けるが、これを保留し、1980年の都市対抗にエースとして出場する。
1回戦で優勝候補の東芝に完投勝利するなど活躍。
同年の日本選手権では準決勝に進出するが、エース長谷部優を擁する松下電器に0-1で惜敗。
シーズン終了後に南海に入団した。
電電九州のチームメートに村岡耕一がいる。
入団時に躊躇なく背番号19をつける。
南海の功労者である野村克也元監督が1977年に解任されて以来、空き番となっていたが、これは球団が18番の山内和宏(実質同期入団)、20番の山内新一(当時のエース格)と番号を揃えることで「山内トリオ」として売り出すためと、2位指名の事前約束を反故にする形での3位指名だったことで拒否を考えていた山内自身も「南海といえば19番だから」という理由で入団条件として要求したこともあり、つけることになった。

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連想語句
  • 会長
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  • 取締役
  • 社長
  • エンジン
  • ロータリー
  • 井巻久一
  • 入社
  • 就任
  • 慶應義塾大学
  • 栄典
  • マツダ
  • 兼務
  • 出身
  • 専任
  • 後任
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  • 東洋工業
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