三好長慶みよしながよし
戦国大名[日本]
(大永2年2月13日生)
(ユリウス暦) 1522年 3月10日 生
(ユリウス暦) 1564年 8月10日 死去享年42歳
三好 長慶(みよし ながよし)は、戦国時代の武将で、畿内・阿波国の戦国大名。
室町幕府の摂津国守護代、相伴衆。
孫次郎。
筑前守、修理大夫。
史料では「三筑(=三好筑前守)」の略称で彼の名が多く残っている。
諱の長慶は「ちょうけい」と読むこともある。
元は細川晴元の有力家臣であったが、細川政権を事実上崩壊させ、室町幕府将軍足利義晴・義輝ともども晴元を京都より放逐し、三好政権を樹立する。
その後は細川氏が支配していた領地を継承・拡充して三好氏の勢力を畿内の大部分にまで広げ、足利義輝、六角義賢、畠山高政らと時に争い、時に和議を結び、畿内の支配者として君臨した。
このため、織田信長らに先立つ「天下人」に位置付けられることもある。
正室は波多野秀忠の娘(波多野氏)、継室は遊佐長教の娘(遊佐氏)。



