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グギ・ワ・ジオンゴNgũgĩ wa Thiong'o

作家[ケニア]

1938年 1月5日

グギ・ワ・ジオンゴ - ウィキペディアより引用

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NgũgĩwaThiong'o [生]1938.1.5.イギリス保護領東アフリカ,リムルケニアの作家。本名JamesThiong'oNgugi。1960年代にはJamesNgugi名で作品を発表。ウガンダのマケレレ大学卒業後,イギリスのリーズ大学に留学。ケニアのナイロビ大学や,アメリカ合衆国のノースウェスタン大学で文学の講座をもったほか,学生時代からマケレレ大学の代表的文芸誌『ペンポイント』や『ズカ』の編集にも携わった。東アフリカで最初の英語小説『泣くな,わが子よ』WeepNot,Child(1964)は,1950年代ケニア独立闘争の母体となったキクユ人(→キクユ族)を主体とする反英独立闘争(マウマウ戦争)に巻き込まれていくある一家を中心に社会的混乱を描いたもので,質的にも高く評価され,1965年セネガルのダカールで開催された黒人芸術祭で最優秀賞を得た。また1963年の独立前後に舞台を設定しながらも,フラッシュバックの手法でマウマウ戦争の傷あとを異なった面からとらえ直した『一粒の麦』AGrainofWheat(1967)は,作品としていっそう熟し,独立闘争のなかでの人々の苦しみがよく描かれている。そのほか,1930年代の社会的混乱を背景にキリスト教と伝統宗教の板ばさみになった恋人たちを描いた『川を隔てて』TheRiverBetween(1965)などの小説や,短編集が多数ある。1977年に発表した大作『血の花弁』PetalsofBloodで独立後の黒人政権の無能,腐敗,裏切りを活写した。同1977年,キクユ農村で識字運動に参加し,初めてのキクユ語による民衆劇『したい時に結婚するわ』NgaahikaNdeenda(1980,グギ・ワ・ミリエと合作)を発表,おそらくその反体制的内容が理由で無裁判拘禁に処された。当時はナイロビ大学文学 …… (引用元 コトバンク)

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