誕生日データベース

鹿内春雄

フジサンケイグループ元会長[日本]

1945年 5月15日

鹿内 春雄(しかない はるお、1945年5月15日 - 1988年4月16日)は、日本の実業家。
フジサンケイグループの初代議長であった鹿内信隆の長男であり、それを継いで2代目議長を務めた。
当時の愛称も「議長」だった。
来歴・人物 北海道夕張郡由仁町に父・信隆、母・英子の長男として生まれた。
出生名は両親の名から一字ずつとった「信英(のぶひで)」で、幼少期はやや病弱だった。
母・英子は祈祷師への強い信心を抱くようになり、依存する状態が長く続き、1960年12月には“春雄”と改名した。
改名がどのような意図でおこなわれたのか、信隆がどう対応したかはいまひとつ判然としない。
一部では父親の派手な女性関係で家庭が荒れて、父親に対する反感が強かったことと言われている。
春雄は小学生の時分から母子ともども祈祷を受け、祈祷師に「病の原因を体内から吸い出してもらう」のを習いとするようになった。
慶応幼稚舎、普通部、慶應義塾高等学校とエスカレーター式に進学したもののやがて学業成績は低迷の度を増し、1962年の二年時に落第が必至となることから中退する。
連想語句
人物来歴祈祷議長グループサンケイフジ信隆北海道夕張郡改名春雄父親由仁町編集英子長男鹿内信隆ことそれのぶひで一字一部両親体内依存信心信英出生初代原因参考反感女性家庭家族対応小学生幼少期当時意図愛称慶應義塾幼稚舎文献映画時分母子派手状態目次脚注製作逸話関係

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