生年月日データベース

鹿内春雄

フジサンケイグループ元会長[日本]

1945年 5月15日 生 (満73歳)

鹿内 春雄(しかない はるお、1945年5月15日 - 1988年4月16日)は、日本の実業家。
フジサンケイグループの初代議長であった鹿内信隆の長男であり、それを継いで2代目議長を務めた。
当時の愛称も「議長」だった。
来歴・人物 北海道夕張郡由仁町に父・信隆、母・英子の長男として生まれた。
出生名は両親の名から一字ずつとった「信英(のぶひで)」で、幼少期はやや病弱だった。
母・英子は祈祷師への強い信心を抱くようになり、依存する状態が長く続き、1960年12月には“春雄”と改名した。
改名がどのような意図でおこなわれたのか、信隆がどう対応したかはいまひとつ判然としない。
一部では父親の派手な女性関係で家庭が荒れて、父親に対する反感が強かったことと言われている。
春雄は小学生の時分から母子ともども祈祷を受け、祈祷師に「病の原因を体内から吸い出してもらう」のを習いとするようになった。
慶応幼稚舎、普通部、慶應義塾高等学校とエスカレーター式に進学したもののやがて学業成績は低迷の度を増し、1962年の二年時に落第が必至となることから中退する。

フジサンケイグループ元議長。 鹿内信隆長男。妻はNHKアナウンサー(当時)の頼近美津子。 1988年4月16日に、43歳の若さで亡くなった。 (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
  • 祈祷
  • 議長
  • グループ
  • サンケイ
  • フジ
  • 信隆
  • 北海道
  • 夕張郡
  • 家族
  • 改名
  • 映画
  • 春雄
  • 書籍
  • 父親
  • 由仁町
  • 英子
  • 製作
  • 逸話
  • 長男
  • 関連
  • 鹿内信隆
  • のぶひで
  • 一字
  • 一部
  • 両親
  • 依存
  • 信心
  • 信英
  • 出生
  • 初代
  • 反感
  • 女性
  • 家庭
  • 対応
  • 小学生
  • 幼少期
  • 当時
  • 意図
  • 愛称
  • 時分
  • 母子
  • 派手
  • 状態
  • 関係