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北条長時ほうじょうながとき

武将、鎌倉幕府第6代執権[日本]

(寛喜2年2月27日生)
北条長時 - ウィキペディアより引用
北条 長時(ほうじょう ながとき)は、鎌倉時代中期の武将。
北条氏の一門。
鎌倉幕府第6代執権(在職:康元元年11月22日(1256年12月10日) - 文永元年(1264年))である。
居所から赤橋長時(あかはし ながとき)とも称される。
家系 六波羅探題北方・連署を務めた北条重時の嫡男。
母は4代将軍藤原頼経に仕えた女房で正室の平基親(平親範の子)の娘(治部卿局)。
北条氏極楽寺流の嫡家・赤橋流の祖。
第5代執権・北条時頼とは義兄弟、第8代執権・北条時宗は甥にあたる。
生涯 重時の嫡子に 重時の次男として生まれる。
重時が六波羅探題に任命されて上洛すると長時も随伴して上洛し、父の薫陶を受けながら京都で成長した。
嫡男であった異母兄の為時は嘉禎元年(1235年)10月に疱瘡にかかって重篤になり、精神的疾患を伴う後遺症も残ったため、重時により廃嫡された。
このため、長時が嫡男とされた。
執権になるまで 宝治元年(1247年)春、北条時盛の娘と結婚する。
連想語句
家系執権人物像作品六波羅出典北条重時嫡子嫡男探題文献生涯登場註釈連署重時関連あかながとき元年北方将軍居所征夷大将軍文永旧暦赤橋長時

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