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守邦親王もりくにしんのう

鎌倉幕府第9代将軍[日本]

(正安3年5月12日生)
守邦親王(もりくにしんのう)は、鎌倉幕府9代(最後の)征夷大将軍で、鎌倉幕府将軍の中で24年9カ月と在職期間が最長であった。
8代将軍久明親王の子。
生涯 8代将軍久明親王と、7代将軍惟康親王の娘の間の子として生れる。
延慶元年(1308年)8月、父に代わってわずか8歳で征夷大将軍に就任した。
当時幕府の実権は執権の北条氏(中心は得宗家)が握っており、将軍は名目的な存在に過ぎなかった(その北条得宗家の当主である北条高時の地位すら形骸化し、真の実権は長崎円喜ら御内人が握っていた)。
そのため将軍としての守邦親王の事績もほとんど伝わっておらず、文保元年(1317年)4月に内裏(冷泉富小路殿)造営の功によって二品に昇叙されたことがわかることくらいである。
また、題目宗の是非を問う問答対決の命を亡き日蓮の六老僧の一人日朗(武蔵国長栄山池上本門寺住職)に下している。
日朗は高齢ゆえに弟子日印を出し、文保2年(1318年)12月30日から翌元応元年(1319年)9月15日にかけて題目宗と日本仏教全宗派と法論を戦わせた(鎌倉殿中問答)。
連想語句
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